xtetsuji) です。
おがた (@とりあえず「ブログを書くまでがYAPC」ということで、開催中はバタバタし過ぎて書けなかったブログ記事を徐々に書いていきます。一つのエントリが長くなりすぎると読みづらいかなと思うので、いくつかの記事に分けて書きます。
- YAPC::Asia Tokyo 2013 前夜祭 #yapcasia
- YAPC::Asia Tokyo 2013 1日目 #yapcasia
- YAPC::Asia Tokyo 2013 2日目 #yapcasia
- YAPC::Asia Tokyo 2013 ハッカソンとその後 #yapcasia
- YAPC::Asia Tokyo 2013 で「Apacheの展望とmod_perlの超絶技巧」というトークをしてきた話など #yapcasia
この記事自体も後で多少加筆修正をしたりすると思います。
自分とYAPCの今まで
このエントリを読んでいる人は分からないかもしれないので、自分とYAPCの関わりを列挙しておきます。
- YAPC::Asia Tokyo 2013 は 2007年から毎年参加
- コミュニティへの参加は積極的では無かったけど、YAPC::Asia Tokyo だけは会社の後輩を連れて行くようにしていた
- 2010年までぼっちが続く。今のような「ぼっち防止企画」とかも無かったし、今よりずっと内気だったので、懇親会も単に「後輩と一緖に食事して帰ってくるだけ」に近かった
- 2010年に地元北海道帯広市のスカイアークがYAPCのスポンサーになっているのを発見してスカイアークに興味をもつ
- 2010年のゴールデンウィークの帰省中にスカイアーク会社訪問。@onagatani さんに熱烈歓迎を受けて2011年7月の Hokkaido.pm#5 で地域.pm初デビュー & トーク初デビュー(20分)
- 主に各地のPerlの勉強会(Hokkaido.pm、Hachioji.pm、PerlBeginnersなど)を中心にトーク経験を積む
- 在籍している会社を説得して、2011年から協賛スポンサー企業デビュー。今年で3年目
- 2011年はHokkaido.pm勢のYAPCトークデビューを見て「自分もいつかは」と思う
- 2012年のYAPC::Asia Tokyo 2012で「モダンmod_perl入門」でYAPCトークデビュー
- 今年2013年のYAPC::Asia Tokyo 2013で「Apacheの展望とmod_perlの超絶技巧」というトークを発表
全体的な感想
もうとにかく楽しいといか言いようがないですね。日本のカンファレンスの中で一番面白いのではないかと言っても言い過ぎではないくらい。トーク本編だけでなく、屋台が出ていたりBOFやランチカンファレンスといった企画があったり、様々な工夫がある。
年々楽しくなっている要因は、自分の変化もあるし、そしてYAPCの変化もあるのだと思います。
前述のように2010年までは事実上ぼっち状態だったので、トークに刺激を受けつつも交流という部分ができずにいました。ただ2011年以降は地域.pmやPerlBeginnersやPerl入学式などといった小さな場所で交流を深めて、さらにTwitterなどを使って互いに知った仲間を増やしたりして、「YAPCを同窓会の会場にする」という事を実現していきました。
自分の4年ぼっち経験を回想して、なるべくぼっちの人を作らないように努力したつもりです。Perl入学式やPerl Beginnersで顔を知った数人と、Hokkaido.pmやHachioji.pmの人を対面させたりしたりといった感じ。もちろん、数人をフォローした程度ですし、自分自身の懇親もあったので気が回らなかった部分も多かったように思えます。
またYAPC自体も、ぼっち防止企画やBOFなどの交流企画を続々と投入して、みんなで楽しめるイベントに年々成長していっているなということも感じました。
交流の難しさ
前段で「ぼっち防止対策」の話をしましたが、自分はどうだったかというと、満足半分反省半分といった感じでした。
Twitterや他のブログを読んでいると「日本人は真面目にトーク聴き過ぎるので、Hallwayをもっとすべき」といった話もありました。特に痛感したのは、せっかく来日した海外からのスピーカーと話せなかったこと。自分が英語に対してコンプレックスを持っていることもあって、ここは例年の課題を今年も解決できなかった部分で、大いに反省したいところです。英語力強化というよりも英語を話すことに対しての抵抗感を無くしていかなければならないなと痛感。
自分の場合は、2011年から「地方.pm等の各地の小さいところで顔見知りを作り、YAPCは彼らが一同に集う同窓会的な場所にしよう」としていたのですが、YAPCでしか会えない人もいるわけで、これも正解とも不正解とも言えない難しいところ。今年は例年以上に多くの人と会話をして懇親をしたつもりですが、なかなか交流って難しいと痛感した次第です。
YAPC::Asia のこれから
今年のYAPC::Asia Tokyo 2013のクロージングでの突然の告知、牧さんと櫛井さんのYAPC運営からの卒業。そして「来年のYAPC::Asiaは無い」という話。驚きました。そして今までお疲れさまでした&楽しいイベントを提供してくださってありがとうございます。
ショックではありましたが、Perl入学式やPerlBeginnersなどの初心者イベントの充実、それに地方.pmの増加など日本を取り巻くPerlコミュニティは全国的に盛り上がって来ている感じはします(他の言語でもそうなのかもしれませんが)。
以前だってShibuya.pmからJPAにYAPC::Asia Tokyoの主催が移管されたりといったことがありましたし、今年の壇上で東北の方が「来年は東北でYAPC::Asiaやる!」と言っていたり、今年ほどの規模ではないかもしれませんが、来年もYAPC::Asia *** といったイベントが開かれそうな気はします。1000人以上も参加した今年、きっと誰かが発起してくれるのではないでしょうか。
Perlのこれまでとこれから
だいたい季節の変わり目、3ヶ月に一度くらいはネットで「Perlは終わった言語」というFUDが吹き荒れます。最近では慣れっこになった感もありますが。でももしPerlが本当に終わった言語であれば、なぜYAPC::Asia Tokyoが他のLLカンファレンスを越える日本最大規模のカンファレンスとして年々成長していっているのか。まさにFUDな証拠。
とはいえPerl5には至らない点が諸々あることは事実です。しかし色々な方々によって改善が進んでいて、Perl5.xxのマイナーバージョンは成長していき、Perlコアの不便を補うPerlモジュールもたくさん開発されている。色々な理由でPerlは愛され続けています。
もちろん、後発のLLや他の言語がPerlを参考にして作り出され、当然のようにPerlより良い言語になっていることは確かです。私もRubyの構文で魅力的だなと思う部分は結構あります。私は、あれもこれもと手を広げすぎるとダメなパターンの人間なので、それなりの選別をしつつも、他のプログラム言語もほどよく取り入れていける人になれればいいなと思った次第です。
トークを応募してから採択され、準備をし、9月のYAPC::Asia Tokyo 2013まで色々と準備をしたりしました。8月は少し忙しかったし9月のYAPC直前までは体調不良で結構つらかった。でも3日間のYAPCは疲れを吹き飛ばすくらいの面白さだったし、終わってみると一瞬だったなって感じます。時が過ぎるのは早いです。今年もあと3ヶ月、色々な目標を立てて実現しこうと思います。そしてまだ幻の「YAPC::Asia *** 2014」に向けて…。
個別の日程の感想や自分のトークの総括といった内容は、上述の通り、別エントリで書こうと思います。