Wano株式会社を退職しました

こんにちは、おがた (@xtetsuji) です。同報通信として。

2014年12月12日をもって「Wano株式会社」を退職することになりました。最終出社日は11月28日で、これを書いている12月上旬の今は有給消化期間中です。

入社が今年の2月初めだったので、10ヶ月の短い在職期間になってしまいましたが、その間にも色々な方にお世話になりました。前職1社目が約10年なので対比しても短い。

退職理由

主な退職理由をあげると以下のような感じです。

  • かねてから体調不良が続いていて、静養の必要性を感じていた
  • 親族の高齢化で、近いうちに地元で今後の身の振り方を考える必要があった
  • 「できること」より「やりたいこと」や「自分しかやらないこと」に興味を持った

列挙してみると休職・時短勤務・部署異動等でなんとかならなかったのと思われそうですが、他にも細々とした理由がいくつもあったりして、悩んだ末に総合的に考えて退職を決断することにしました。

体調不良については、昨年12月の胃潰瘍入院から今年1月の風邪・インフルエンザのコンボでの外出禁止の解除日が初出社日ということで、完全な病み上がり感がありました。その後も胃潰瘍の消化器外科の他にも呼吸器科に通うようになったりと、通院ばかりの生活が続いていました。

会社を経営している祖父が高齢になり、今も元気に動けはするのですが、重い病気を抱えるようになり、祖父自身の考えも色々変わってきたようです。一度じっくり話をしてみる必要があるなと思いつつも、今年の夏季休暇は思い通りに帰省にあてられず。1ヶ月くらいは自分の人生設計も考えてじっくり話を聞いてみたいと考えるようになりました。

就職活動というものは難儀なもので、1社目も今回の2社目も「やりたいこと」より「できること」を優先にしがちでした。ただ、今年のYAPCのキーノートを聴いたりしているうちに、「若いころは大変でもできることで経験値積むべきだけど、歳を重ねるとそれだけでは肉体的にも精神的にも無理できないよなぁ」と思うようになったこともあります。

その他にも悩んだ理由はいくつかありますが、主な理由は上記です。

今回の退職の件を話すとき、短い在職期間や次を明確に決めない形の退職に対する懸念を受けることも当然ながらありましたが、上記のような事情があって悩んだ末の決断でした。

在職中にやったこと

短いながらも色々経験することができました。

業務の中心としては、他社が提供するアフィリエイトなどのAPIを使ってウェブサイトのロジック部分を書いたりなどをしていました。あと他社向けのAPIも時々書いたりしていました。前職の最後のほうでは、社内サイト以外でウェブサイトの表側を担当することがほとんどなかったので、優秀なデザイナーの方々との仕事は新鮮でした。デザイナーの人と飲みに行くたびに「デザイナーの皆さん本当に優秀ですよね」って言っていた気がする。

前職はまだガラケー志向が残っていたのでJavaScriptは商用向け開発ではあまり書かなかった (趣味開発や社内ツールでは書いていた) のですが、Wanoに来てからは表側のウェブサイトのロジックを担当する機会が多く、そこそこJavaScriptを業務で書いたのは良い経験でした。Googleアナリティクスの詳細な振り分けだったり、アニメーションライブラリ (これはiOS 6 の Safari がメモリリークして大変でした) のカスタマイズ開発だったり、Hogan.js のようなJSテンプレートのミニマム版も作ることになりました。必要であれば何でも取り入れていくところは面白かったです。

他のチームでは完全なSPAを実現するAngular.jsだったりTypeScriptだったり、もっとJavaScript中心のフロント開発をしているようで、興味深くもありました。優秀で気さくなエンジニアがたくさんいる面白い職場でしたが、誰もが多忙で横の交流がなかなか取れなかったのは心残りでした。

最終出社日の話

11月28日に最終出社日だったのですが、定時直前に新入社員の一人に声をかけられて、社員全員の前で色紙を受け取ったのは嬉しかったです。

送別会は後日開催するというお話を聞いて、なんだか気を使わせて申し訳ない感じもしました。しかし、色紙を受け取ったのも送別会を開いてもらえるのも人生で初めてのような気がします。

普段社内でかかっているバックミュージックはニューミュージックが多いのですが、その日の夕方はバロック調の曲がかかっていて、最後の身支度をしているときにはベートーヴェンの田園交響曲の終楽章が流れていて、なんだかしんみりしました。

隣の部署で懇意にしてくれていたプログラマー2人と「今日は送別会もないのでということで飲みに行きましょうか」という話になってその日の夜に飲みに行ったのですが、プログラマーの新卒社員2名もついてきて、その後に自分の所属だったチームのみんながやってきてくれて盛り上がれて、嬉しかったですね。

たった10ヶ月しかいられなかったのですが、人の暖かみを感じる会社でした。

これからどうするの?

しばらくは静養して体調回復につとめます。

12月末に帰省して1月中は実家を拠点に話を聴いて回ったりする予定です。

時間ができるので、細々と自分が所属しているコミュニティのプロジェクトを進めようと思っています。時間が取れずできなかった趣味のプログラミングも進めたいです。

その後の予定は決まっていません。もしかしたら地元に戻ることになるかもしれないし、東京でまた働くことになるかもしれません。できれば自分のITエンジニアのキャリアは今後も活かしたいし、そのために魅力的な場所である東京を拠点にしたITエンジニア生活は続けたいのですが、そこのところは未定です。

お金がなくなっても就職的に安定しなかったら、体力的に無理のない範囲でバイトでもして食いつなごうかなと思っています。

求人募集中

どの会社もITエンジニア不足の昨今ですが、Wanoでもエンジニアを募集しています。興味があっても自分の適性とマッチするか心配な方は、私が出来る範囲でご相談に乗ります。tetsuji.jp に書いてある連絡方法から適当なものでご連絡ください。

語らいたい

退職エントリを見ると、よくAmazonのウィッシュリストを貼っているのを見るのですが、自分の場合はモノより体験が欲しいので、多くの人と語らいたいです。時間のある方は、カフェや酒場で業界のことやプログラミングのことなど、語らいませんか?

謝辞

まだ内定状態だった2013年12月に胃潰瘍入院しているときにお見舞いに来てくださったときは嬉しかったです。

在職中、特に同じプログラマー仲間として興味を持って話しかけてくれた皆さん、ありがとうございます。今後も同じプログラマーとして定期的にお話できれば嬉しいです。

企画営業の方々の仕事のさばき方に感心させられることが多かったです。またプログラマーと仕事上の接点が多いデザイナーの方々が本当に優秀で、仕事がしやすく楽しかったです。前職と比べて「こんなに雑な仕事の渡し方で大丈夫なのかな」と思っていたら、もっと雑でもいいですと言われるくらいデザイナーの方々に助けられました。

今後も外部から色々な形で応援していきたいです。ありがとうございます。

参考リンク

#Perl入学式 Advent Calendar 「いつもの風景」

この記事は「Perl入学式 Advent Calendar」の3日目です。

こんにちは、Perl入学式 in東京のサポーターとしてだいたい毎回お手伝いさせていただいている @xtetsuji こと「おがた てつじ」です。ハンドル名から、校長やサポーターの皆さんからはよく「てつじさん」と呼ばれています。

そういえば、先日の Perl入学式 in東京 第4回 「サブルーチン(関数)/正規表現編」 では、はじめて4時間フルの講師役を担当させていただきました。

今回はサポーター視点でみた「Perl入学式 in東京」のいつもの風景をご紹介させていただきます。

集合から昼食

前日までにサポーター間で「みんなで昼食を食べに行こう」ということになると、11時30分くらいに集まって昼食を食べます。手早く食べようということもあって、だいたい立ち食い寿司になることが多いですね。ITエンジニアはみんな寿司が好きだということもあります。直近のPerl入学式でも立ち食い寿司に行きました。サポーターの中には、この寿司のことをPerl入学式にもじってPerl入学寿司と呼ぶ人もいます。

会場到着と会場設営

in東京 は13時スタートがほとんどなので、12時30分すぎから入場を考えて、12時過ぎには会場設営を開始します。だいたいは、借りる会議室の椅子とテーブルをPerl入学式用に並べ替えるという力仕事を行ったり、講師用のプロジェクターの準備をしたりといった作業です。

最近のPerl入学式では、@__papix__ 校長の職場でもあるGaiaXさんが会場であることも多いですが、過去一年くらいの間では、直近のモバイルファクトリーさんだったり、DNPデジタルコムさんだったり、若干会場が変わったりします。とはいえ、五反田の企業が多くて、五反田のPerlが元気だって感じがしますね!

だいたいどこの会社の会議室を借りるとしても、だいたい会場設営の流れは同じです。人が多い少ないで作業の負担が変わる程度ですね。

受講生の皆さんを待つ

会場の設営が完了する頃には、徐々に受講生の皆さんがやってきます。

最近では、今後に活かすために出席を取ったり、学生の数を数えたりします。ドタキャン率は大阪よりも東京のほうが若干高かったりするのですが、これは東京のIT系勉強会の傾向でもあります。受講生の皆さんの個々の事情もあるので仕方がない部分でもありますね。

講義開始

13時になると講義開始となります。雨の日などは開始時の集まりが悪かったりするので、少し開始を遅らせたりします。

その後は、講師 (だいたい @__papix__ 校長) の挨拶から始まり、今日のサポーターの挨拶となります。

その後は、サポーターも受講生の皆さんと一緒に試行錯誤をしていくことになります。

講師も人間。やはり間違うこともあったりして、サポーターが講師に向かって「そこ違うんじゃない?」という発言から面白いやりとりが発生したりして、受講生の皆さんにはそれがウケることもあります。

受講生が20人集まれば、20人全てが同じスタートラインでは限りません。他のプログラム言語経験があったりして楽勝という人もいれば、経験が浅くて苦戦する人もいます。そういう受講生間での経験差を埋めるためにもサポーターがいるのです。それがPerl入学式の醍醐味と言えましょう。

だいたい半分、2時間くらい過ぎると暖気運転も済んで、講師・サポーター・受講生の間でのつながりが活発になり始めます。

その中で、受講生のみなさんに懇親会への募集をかけます。懇親会は講師やサポーターからの生の声が聴ける貴重な場ではありますが、ここは飲み会代金分の金銭的負担が発生したり時間的都合もあるので、任意で募集しています。とはいえ、4時間では分からない受講生の皆さんそれぞれの考えを聞いたりするフリータイムみたいな時間として多くの受講生の皆さんと懇親会で語らいたいなとは思っていますが、そこは強制できないところなので難しいところですね。

そんな中で、だいたい17時には予定通り講義が終わります。

片付けと撤収

懇親会に参加する受講生の皆さんの協力を得ながら、講師とサポーターを中心に会場設営の逆を行います。だいたい in東京 では会場を無償で借りているので、感謝の気持も込めて撤収作業を行います。

懇親会

その後、近場の居酒屋で懇親会を行います。最近ではなるべく安価な居酒屋を選択するようにしています。

この懇親会の場では、講師やサポーターの生の声が聴くことができます。参加される受講生の方はそれを醍醐味に常連で参加してくださるようです。またサポーター間では反省会的場所でもあり、それも受講生側からすると裏話的で楽しいかもしれません。

私自身も他のサポーターの方から聴く業界話などが楽しみで、Perl入学式の懇親会は毎回楽しみにしています。

時には受講生側からの悩み相談にも乗ったりして、暖かいアットホームな懇親会でもあるのが特徴です。

金銭的負担に関しては「ソフトドリンクしか飲まないから安くして」「途中で退席します」というのも融通効くと思いますので、ちょっとでも興味のある受講生の皆さんは、サポーターの人に相談してみましょう!

そして解散

Perl入学式 in東京 の場合、よほどノリノリでない場合は通常2次会は無くて、そのまま五反田駅前で解散となります。時間的には22時から23時あたりでしょうか。

だいたい最近の「Perl入学式 in東京」はこんな流れです。興味が湧いてきたら、ぜひ色々な形で参加してみてはいかがでしょうか?お待ちしています!

YAPC::Asia Tokyo 2014 Reject con #yapcasia #yapcasiareject

おがた (@xtetsuji) です。

YAPC::Asia Tokyo 2014 のReject con編。概要は目次ブログ記事をどうぞ。

2014年の8月28日(木曜日)から30日(土曜日)までの3日間行われた YAPC::Asia Tokyo 2014 でしたが、今年は応募もさらに盛り上がり、募集トークのうちの約半数がリジェクト(落選)されてしまうという状態でした。競争率が高かったこともありますし、YAPC::Asia Tokyo というイベントがPerl以外の話題にも寛容になったこともあります。

かくいう私も、2012年と2013年に引き続きトークをしようと思って応募したのですが、見事にリジェクトされてしまいました。

しかし!そんなリジェクトされてしまったトークの中から、選りすぐりのものに発表の機会を与えてくれる「YAPC::Asia 2014 Reject con」というイベントが2014年9月3日(水曜日)に行われることになり、なんと私のトークも発表の機会を与えていただけました

トーク概要については以下の記事がまとまっているので、おすすめです。@hiratara さんの記録能力のすごさには毎回脱帽してしまいます。

会場

会場は、表参道から六本木に移転したばかりの今元気な会社であるフリークアウトさんで行われました。会場を提供してくださったフリークアウト @myfinder さん、そして当イベントを企画してくださった @__papix__ さん、ありがとうございます。

「ヒルズガレージ」というだけあって、コンクリートがむき出しとなった広い会場が新鮮でした。写真の通り、かなりオシャレな感じです。うらやましい。

そして、会費で振る舞われるビールとピザは、会費以上のボリュームがありました(その他のアルコールやソフトドリンクもありました)。

タイムスケジュール・トーク一覧

Zusaarのイベントページから抜粋。ほぼ時間通りに進行しました。

  • 19:45 … 開場
  • 20:00 … 挨拶 & 乾杯
  • 20:05 〜 20:25 … @ytnobody & @tsucchi 「これはORMですか? いいえOtogiriです」
  • 20:25 〜 20:40 … @__papix__ 「帰ってきたPerCUDA 〜PerlとGPGPUが出会い, そして未来へ〜」
  • 20:40 〜 21:00 … @punytan 「( ✌’ω’)✌ 楽しいモデル層開発」
  • 21:00 〜 21:20 … @xtetsuji 「今に伝えるメールの技術」
  • 21:20 〜 21:40 … @saisa6153 「今から始めるレガシーコード改善レポート」
  • 21:40 〜 22:00 … LTタイム
  • 21:40 〜 21:45 … @mala LT
  • 21:45 〜 21:50 … @note103 LT
  • 21:50 〜 21:55 … @karupanerura LT
  • 21:55 〜 22:00 … @xaicron LT
  • 22:00 … Reject con終了 / 会場の片付け / 解散

会場の雰囲気

基本的に、YAPCの理念でもある(?)カジュアルさを意識して、アルコールやピザを飲み食いしながら、トークを聴きたい人は聴けばいいし、その辺にいる人とコミュニケーションしたい人はすればいいという自由な感じでした。

このイベント、エンジニアが壇上でトークをするわけなのですが、最初から缶ビールを開けて「乾杯!」なのです。そういうイベントは探せば無いことは無いのですが、こうやって会場を用意してしっかりした内容のトークをする系のイベントでこのフォーマットはなかなか珍しい。でもこれくらいのカジュアルさがあってもいいですよね。

まずはこの Reject con の発起人であり、今年のYAPC::Asia Tokyo 2014 のもう一つの顔になったとも言える「国際的コンテンツ」@__papix__ 氏による挨拶。会場の雰囲気からも何かワクワクするものを感じます。

YAPCの顔papix氏によるReject con開始の挨拶

トーク

会場はひとつでいつも壇上が見えるわけですが、すべてのトークを真剣に聴いていたわけではないです。途中でビールをおかわりに行ったり、知人と雑談したり、自分のトークの準備などをしたりしていました。とはいえ、だいたいのトークは座ってビールを飲みつつも聴いていました。メモをとっていなかっただけ (その点で @hiratara さんはすごいと思います)。

トップバッターは、ORM “Otogiri” の作者である @ytnobody さんと各種DBへの造詣が深くDBD::mysqlのPurePerl実装なども保守する @tsucchi さんのコンビによるこれはORMですか? いいえOtogiriですというタイトルのお話。

今年のYAPC::Asiaでは、DBIx::Class トークがあったり、そこで Teng が引き合いに出されたり、DBIx::Class 軽くなった、Teng は以前から軽いといった ORM の話題が結構ありました。Otogiri は Teng よりもさらに軽く機能を絞った完全スキーマレスORMです。

20分の発表で、10分を @ytnobody さんが、あとの10分を @tsucchi さんが発表するという斬新なフォーマット。新たなチャレンジです。

コンセプトとしては以前から両人からは色々な話を聴いていて知ってはいたのですが、まとまった話を聴くと理解が深まってよかったです。私はDBについては全く疎いので、勉強がてらOtogiriの中身を読んでみるのも良いかもしれません。

@ytnobody さんの発表風景。

Reject conトークのytnobodyさん

そして @tsucchi さんの発表風景。

Reject conトークのtsucchiさん

その後は、@__papix__ さんによる帰ってきたPerCUDA 〜PerlとGPGPUが出会い, そして未来へ〜。学生時代の研究テーマのその後のお話でした。

要はGPGPUをPerlから使うためのお話なのですが、専門性の高いお話で手応えありました。さすが大学院でこういう研究をしている人の足腰は強いなと思わされます。

Reject conトークの__papix__さん

@__papix__ さんのスライドは、自分自身がコンテンツだからズルい。

その後は21時からの自分の発表のために、資料を整理したり頭の中で時間配分などをしていました。

開始から1時間くらいで、会場の人たちはだいぶ酔っ払ってきています。トークに背を向けて立ち飲み酒場になっているところもあって面白かったです。

自分が発表したトーク

そして21時からの自分のトーク今に伝えるメールの技術が始まります。

開始から1時間経過し、酔っている人に声を届けるためには、今までトークした人より大きな声でつかんでいかないとダメだなぁと壇上に立って確信した結果、最初の一言が「みなさ〜ん、飲んでますか〜?」でした。完全に自分も酔っ払いになっている。

私のトークの趣旨や内容については、上記スライドと、感想をまとめた以下のTogetterを見ていただけるといいかと思います。

リジェクトコンという場所も考えて、笑いの要素を入れたほうがいいかな、視覚的にインパクトのあるスライドのほうがいいかな、などと考えてこのような内容となりました。スライドを公開して文字だけにするとコンテキストが読めないものについては、書かずにしゃべりで補ったりしました(ちょっと危険なネタもありました)。あとは酔った勢いでしゃべった感じでしたが、それが謎のグルーブ感を生んで結果的にウケたのかもしれません。ありがたい。

mod_perlトークの前2年も、このメールトークも、結局は廃れかけて忘れかけられた技術のルネッサンス的なものを意識した感じです。特に私は新しいものへのキャッチアップ力が比較的弱いので、そういう方向で活動するしかないというのもあるのですが、廃れはすれど無くなりはしないものの昔の古い知識が更新されないという状況は難儀だなと思っています。なので、あまり世間からは注目されない話でも今風にブラッシュアップした話をしていきたいというわけで、こういう場をいただいてトークをしているのかもしれません。

実はこのトーク、YAPC::Asia でリジェクトされたとはいえ、YAPC::Asia Tokyo 2014 の期間ではまだできておらず「頭の中にはある」という状態でした。YAPCが終わって疲れがどっと出て、「あー、こんなに疲れてこれから資料を作るなんて計画性の無さを露呈するなら、Reject con に応募しないほうがよかったかな」という考えも一瞬頭をよぎったのですが、しっかり自分の言いたいことを頭の中から出してきっちりとスライドにブラッシュアップして、そしてトークをしたあとの思わぬ反響を受け取って、やっぱりやってよかったって思いましたね。YAPC本編でトークするよりも貴重な経験ができたかもしれない。

トーク後に、色々な方から面白かったって言ってもらえて嬉しかったし、Twitterでも現地にいる人から来られなかった人まで反響があって、本当に嬉しいの一言です。YAPC::Asia Tokyoの本編トークではこのグルーブ感は出しづらいと思うし、本当にリジェクトコンで拾っていただいたことに感謝する他ないです。

@tsucchi さんと @note103 さんには、ブログでも面白かったと感想を書いてくれました。本当に嬉しいです。ありがとうございます。

LT

当初予定していた @hirobanex さんが出られなくなり、急遽LT枠が設けられました。

@mala さん、@note103 さん、@karupanerura さん、@xaicron さんと、これまた豪華な顔ぶれが集まりました。

恒例の @mala さんのセキュリティを突くトークは軽快でした。本人は有名な撮影NGの人なので、写真は撮っていません。

@note103 さんのトーク「はじまりのPerl」は、本当に5分でトークするのがもったいない内容。経歴も面白いし、職業プログラマーではないPerl学習者としての視点も面白かったです。スライド必見

Reject conトークのnote103さん

@karupanerura さんはジョブキューの話をされたのですが、ライブコーディングがよかったです。アルコールが入った中でのライブコーディングは大変だったと思います。

Reject conトークのkarupaneruraさん

最後の @xaicron さんは、最近リリースした「ハッカドール」を引っさげて登場。というかPerlの話ほとんどなくて、宣伝とサイリウムを振るために壇上に上がった感じですごかったです。

Reject conトークのxaicronさん

これでLTは終了。ちょうど予定時間ほぼピッタリに終わり、各自解散となりました。

どうやら二次会も一部であったようでしたが、一緒に建物から出た @tsucchi さんらと「明日も平日だし、発表したから疲れたので、まー帰りましょうか」ということで六本木駅からまっすぐ帰りました。

これで自分の中の広義の YAPC::Asia Tokyo 2014 は終わりました。夏の楽しい夢の様な時間、そして最後に弾けられて本当に楽しかったです。本当にたくさんの人たちに感謝!

 

YAPC::Asia Tokyo 2014 2日目 #yapcasia

おがた (@xtetsuji) です。

YAPC::Asia Tokyo 2014 の個別記事、2日目編。概要は目次ブログ記事をどうぞ。

トーク概要については以下の記事がまとまっているので、おすすめです。

聴講したトーク

2日目は「Perl入学式 in YAPC::Asia Tokyo 2014」が大部分で、1日目より聴講したトークは少ないです。

@lestrrat さんによる「オープンソースの開発現場 – Perl 5.20 のSubroutine Signaturesが来るまでの奮闘の軌跡」、トークがうまいなーというだけでなく、Perlの開発の舞台の裏側の苦労話を語るその切り口は斬新でした。Martini氏がSubroutine Signatureを入れようとしたけれど政治的な理由でいくつもの困難があった話、プログラミングスキルだけじゃ解決できないことってコミュニティには色々あるんだなと改めて思わされた次第です。

たとえばこの辺り

  • あなたが参加しているプロジェクトも20年後に政治が必要になる可能性が高い
  • あなたが今後参加するプロジェクトも人間スキルが必要になる可能性が高い
  • コミュニティで活動する限りリスクは必ずある

といった部分はあるよなぁと思わされました。要は「ネガティブな一言に傷つくより、流して前に進もう」ということなのだと思いました。そういう強い心というか大人力を持ちたい。

そのままメインホールに残って @uzulla さんの「半端なPHPDisでPHPerに陰で笑われないためのPerl Monger向け最新PHP事情(5.6対応)」を聴講。これがすごかった。

ゆるふわ暗黒PHP

「ゆるふわ暗黒PHP」最初からこれ。しかも出オチではなく、このトーンでものすごい枚数のスライドが登場して観客の笑いを誘って行くのです。

しかし短絡的なPHP disに終わらず、現代のPHPの良い点を踏まえつつ、他の言語からの視点も踏まえたトークとなっており、PHPを書かない人にもとても参考になるトークとなりました。何よりトークが面白い。この面白さを追体験するには動画を観るしか無い

あまりの勢いに、これがベストトーク賞になったら伝説になるぞといった声が各方面から出ましたが、結果的に本当にベストトーク賞を取ってしまったのだからスゴイ!

その後、13時からのPerl入学式に備えて、同じくスポンサーをする @tsucchi さんと早めに食事を取ることにしました。1階にローソンがあると便利。2人で買ってきたものをイベントホールで食べます。ここでなら飲食できるし、後ろから無限にコーヒーやジュースが出てくるから素晴らしい。

ランチセッションではDNPデジタルコムさんが発表をしていました。以前にPerl入学式でもお世話になった @yu_loveperl さんが壇上でPerlの使用事例を語っていました。DNPデジタルコムもそうですが、ガイアックスやモバイルファクトリーといった五反田のPerl企業が元気です。

ランチセッションを遠巻きに見つつ食事をし、終了したところで司会の方が「みなさんブログを書いてください。(スポンサーである)ライブドアブログやはてなブログがおすすめです。あっ、(これもスポンサーである)MovableTypeでブログ構築もいいかもしれませんね」と言ったところで私が「MovableTypeはちょっと敷居高くない?」って冗談交じりに言ったら、ちょうど @tsucchi さんと反対側の隣にいたのが福岡のMovableType番長と呼ばれるアオキさんで、初対面で「えっ、そうですか?」って言われて少しキョドってしまいました。まさかこの後のPerl入学式のサポート担当テーブルでまたアオキさんと遭遇することになるとはこの時はまだ知らず。

Perl入学式の会場がある多目的教室へ早めに向かいます。

Perl入学式については後述。

Perl入学式の後に聴いた @myfinder さんの「YAPC::Europe 2014 に行ってきました」、自分も金銭的だったり英語力だったりが整ったら、ぜひ行ってみたいなぁと思わされました。ヨーロッパ好きですし、今回はヨーロッパからのゲストが多かったこともあって、ヨーロッパへの憧れが強まった、そんなYAPC::Asiaでした。

Perl入学式 in YAPC::Asia Tokyo 2014

前日1日目は終電過ぎてタクシーで帰宅後、このPerl入学式のために自宅で予備MacBook Airをセットアップしていました。2日目は自分MacBook Airと予備MacBook Airの2台持ちだったので結構大変でしたが、結果的にこれが役に立つことになって良かったです。

Perl入学式 in YAPC::Asia Tokyo 2014」は13時からの開始でしたが、サポーター陣は12時30分ごろから入って机配置などを整えたりといった作業にいそしみます。自分は持ってきた予備機を広げて動作確認をしたりなど。

13時になって開始。普段は東京・大阪・福岡で活動しているスタッフがオールスターズで揃った中で @__papix__ 校長によるPerl入学式の濃密版講義が開始します。

当日のレポートはTogetterにまとめましたので、そちらを見ていただけるとライブ感がわかるかもしれません。

今回サポーターはテーブル担当制となりました。私のテーブルには、先ほど初対面を果たしたMovableType番長のアオキさんの他、gihyo.jpのサイトにレポートを書く役割でやってきた、プログラミング初心者の滝沢さんも来ていました。最初、レポートを書く方とは知らず、とはいえ濃縮版で比較的レベルもスピードも通常版よりある今回のPerl入学式でなかなか苦戦している滝沢さんのサポートをずっとしていました。他の方が、他のプログラミング言語の経験者だったりMovableTypeに慣れたアオキさんだったりということもあって、そこは助けられました。最後のほうには滝沢さんにもだいぶ納得してもらって、真摯にサポートしてよかったと思いました。

その時の様子をレポートしてくださっています。

@__papix__ 校長も気合が入って、いつもよりオーバーアクションにトークしたのが受講生にも好評だったようですね。サポーターとして参加していましたが、会場の一体感も良くて、とても楽しかったです。

Perl入学式 in YAPC開始前の様子

開始前の様子。

Perl入学式 in YAPC 初注意とお願い

諸注意とお願い。

Perl入学式 in YAPC 講義の様子1

Perl入学式 in YAPC講義の様子2

こんな風景でした。

LT雑感

@T_akms ことタケウチ君のGeekDojo&脱北者トークは楽しかったですね(スライド)。そして @hoto17296 さんのトーク。両名ともガイアックスの若い人で、同じくガイアックスの若い人でYAPC会期中どこか壇上に立って「YAPCの顔」となっていた @__papix__ 校長を含め、ガイアックスの存在感の高かったYAPCでした。

私も脱北者(?)のひとりとして頑張りたいです。

前夜祭の流れから、1日目のLTも @__papix__ フリー素材 を使った一発ネタが多かったのですが、あの Sawyer X 氏も Dancer 2の LT で @__papix__ フリー素材を使ってきたのには、会場は大爆笑。彼が国際的フリーコンテンツとなった瞬間でした。

上記のツイートがメンションできた時点で

とのことでした。

今年は純粋な参加者として、でも個人で起業スポンサーをするという荒業を成し遂げた @941 さんによる「5分で分るイベント運営のコツ」は純粋に参考になりました。

キーノート

今年の締めくくりのキーノート(基調講演)は @typester さん。

終始穏やかな語り口の中で、ITエンジニア・プログラマとしてどう生きていくべきかといったエッセンスがたっぷり入ったトークにうなずくことばかりでした。氏の経歴が面白いということと、その幅広いスキルが面白いトークを生むのでしょう。

そんな氏も最初はぼっちだったとか、スタートは我々と一緒なんだなと思わされるトークもあったり。

主に20代の人へのメッセージトークといった側面で後半語られましたが、私のような30代にも響く言葉が多かったですし、始めるには遅すぎることはないので、今からでも見習っていきたいです。

まとめとして語られたこれら

  • 今の会社で成長できるか
  • 10年後どうなっているかイメージできるか
  • ロールモデルを持つ
  • 尊敬する人を持つ

は大事だなぁと思わされます。ロールモデルについては以前から考えていたのですが、このキーノートを聴いてからさらに意識するようになりました。一度の人生楽しまなきゃ損!

余談ですが、@typester さんとは会場が東工大時代に行われた YAPC::Asia Tokyo 2007 か 2008 の懇親会で、私がぼっちだったときに勇気を振り絞って話しかけた数少ない人の一人でした。その時はDBIx::Class のプラグインへの貢献で有名で、ちょうど仕事でDBIx::Classを使っていたので、色々と海外の開発者と開発をするということについての苦労話などが聴けて感銘を受けたのを覚えています。今でこそGitHubとTwitterがあって世界の開発者との接点が得やすい時代ですが、当時からそういう活動をしていたということは本当に尊敬します。

クロージング

そして名残惜しくもクロージング。

昨年の参加者数が1131人だったのが、今年は1361人!世界最大のYAPCであるとともに国内最大級のエンジニアカンファレンスとなりました。すごい。

そしてみんなの投票の結果でもあるベストトーク賞…。なんと

  • 1位:半端なPHPDisでPHPerに陰で笑われないためのPerl Monger向け最新PHP事情(5.6対応)
  • 2位:そんなにビッグでもないデータ処理手法の話
  • 3位:コマンドラインツールについて語るときに僕の語ること

ということになってしまいました。会場から沸き上がる「P・H・P!」コール。まさか自分がベストトーク賞1位となることなど思いもよらず裏方で作業していた @uzulla さんが呼び出されて表彰されます。

ベストトーク賞のuzullaさん満面の笑顔

(http://30d.jp/yapcasia/7/photo/965 より)

なんという良い笑顔でしょう!

その後、その場にいたスタッフ全員が登壇して挨拶。

@yusukebe さんの「次のYAPCは…」といったところで、謎めきつつYAPC::Asia Tokyo 2014は無事閉幕したのでした。

クロージング後も、そこら中に無限シリーズがあまっていて、投げ売り状態になっていました。写真は無限ウォーターの様子。

そこら中にある無限ウォーター

YAPCの終わりは夏の終わり、なのでHubで飲む!

でもまだ終わらない。2日目もHubは貸し切り!まだ盛り上がり足りない人みんながなだれ込みます。

1日目同様、色々な人とコミュニケーションをしました。最初はPerl入学式のスタッフ・サポーターで反省会みたいなのを行っていたのですが、徐々に会場にいる全国・世界のPerlプログラマーとの交流になってきます。静岡の話をしに @dokechin さんのところに行ったら、@ribasushi さんがやってきて、酔って英語が出てこないしもう筆談だとペンとノートを持ち出したり。しかし他の日本人参加者にも気さくに話しかけていた @ribasushi さんは本当に優しかった。ヨーロッパ話でも盛り上がりました。楽しかった。

北海道の人たちと再開したり、あの人とこの人を引きあわせたり、もう人だらけで大変な店内を縫うように歩いて、大忙しでした。

Perl入学式で苦戦しながらもなんとかコツをつかんでもらった滝沢さんともお会いして、詳しい経緯などをうかがうことができました。

その他、普段も他の勉強会でよく見かける関東圏の人たちから、Hokkaido.pm でお馴染みのメンバー、そしてPerl入学式つながりで紹介された大阪や福岡の人など、色々な人と出会うことができた、まさにここがYAPCの本番じゃないかと思わせる場所でした。

18時から5時間くらいひたすら飲みまくって、1000杯超えた後も残った飲み物を金を払って飲んで、5時間くらい飲んでしゃべって歩きまわったりしてクタクタになったところで店を出ました。昨日終電乗り過ごしてタクシーだったので余裕を持って。これで自分のYAPC::Asia Tokyo 2014 が終わったのでした。

終わった…?いや、この数日後、約2倍の競争率でリジェクトされてしまったトークを供養するための「Reject con」があって、そこで自分が応募してリジェクトされてしまったトークの披露の場をもらったのでした。

というわけでリジェクトコンへ続きます。

YAPC::Asia Tokyo 2014 1日目 #yapcasia

おがた (@xtetsuji) です。

YAPC::Asia Tokyo 2014 の個別記事、1日目編。やっぱり書くのが遅すぎ(8月末開催で、書いているの11月末)なんですが、書きたいと思い続けていたので書きます。概要は目次ブログ記事をどうぞ。

トーク概要については以下の記事がまとまっているので、おすすめです。

オープニング

昨晩は前夜祭でもらったノベルティなどを整理していて夜更かししてしまって少し寝過ごしてしまったのですが、なんとかオープニングが始まる10時ちょっと過ぎに到着。オープニングにはギリギリ間に合った形。

JPAの理事でもあり今回のYAPCの主催者でもある @yusukebe さんによるオープニングトーク。いやがおうにも高まります。

聴講したトーク

トーク雑感

例年、メインホール以外の会場はすぐ満員になることはわかっていたので、録画NGだったり懇意にしている方のトークだったりすごく聴講したいという理由がなければ、メインホールを選ぶか、そのへんでブラブラして顔見知りの人と懇親することにしました。

最初のメインホールでの「Releasing Perl」。英語のトークでしたが、YAPC::Asia の歴史で初めて(IRC同時通訳とかの試みはあった)希望者に同時通訳レシーバーが配られることになりました。

同時通訳はありがたいけれど、専門用語満載のトークだし、翻訳が微妙だと英語で聴いたほうが無様な英語力しかない自分でも良かったりするかもと思ってみましたが、この同時通訳が本当にすごかった!本当に放送局が提供するような同時通訳って感じで、専門用語も的確に翻訳していて、全く違和感の無い翻訳でした。

新しいPerlをリリースするための「パンプキン」という集団についての話だったり、その周辺の話がなかなか興味深かったです。

パンプキンについての説明はperlpolicyに書かれているようなので、改めて読んでみて勉強になりました。

その次に聴講したのは @kenjiskywalker さんによる「完成されたシステムなどない。完成された人間もいない。あるのは成長し続ける未完成なシステムと、それを支える未完成な人間だけだ」という長大なタイトルのトーク。これはなかなか多方面から問題提起を喚起するトークとなりました。40分トークのはずが、まさかの20分弱での終了。その後の質問タイムでのバトルなどなど。これはYouTubeで録画が公開されているので、ぜひとも見てみることをおすすめします。

@kenjiskywalker さん本人のブログ記事も参考になります。

理想論として片付けるのは簡単ではありますが、今一度このトークで語られたキーワードをもとに自分のサービスを振り返ってみることもよいと思います。

その後の時間は、特に生で聴きたいと思ったトークもなかったので、外に出てブラブラしていました。飲食可のイベントホールでは色々とイベントやっているという話を聴いていたので、行ってみることに。

イベントホールでは、テーブルに地域.pmやPerl入学式などで知っている顔の人たちが全国から集まっていたので、同窓会的に色々と挨拶。こういうのもYAPC::Asiaの魅力ですね。

イベントホールではコーヒーやらジュースやらの飲み物が飲み放題になっていたり、前夜祭で話題になったDMMかき氷が配られていたり、原色系のお菓子が配られていたり、色々楽しい光景が繰り広げられていました。原色系のお菓子はブッキングドットコムさん提供らしいです。これがヨーロッパのお菓子か!(原色系のお菓子は写真を撮り忘れてしまいました)

イベントホールのお菓子

イベントホールの飲み物

ブッキングドットコムのFiona Wangさんがリクルーティングをしていたので、今年こそは英語コンプレックスを克服しようと話しかけてみました。もともとヨーロッパは好きだったので、色々話を伺えて貴重な経験でしたが、やはりビジネス英語の領域になってくるとダメ…。

そのまま色々な方とお話したりしていたらランチセッションになって、なんかお弁当を受け取ってランチセッションを聴くことに。初ランチセッション体験。

ランチセッション1日目の弁当

 

ランチセッションではDeNAのQuizNowについてのお話でした。なかなか面白かった。

メインホールの舞台反対側で販売していた「雅なPerl」も忘れずに購入。良書です。

その後は、最近仕事でも DBIx::Class を使っているということで @ribasushi さんの「DBIx::Class – what is it and what is it good for?」を聴講することに。

日本ではDBIx::Class(DBIC)よりもTengなどの国産軽量ORMが好まれるケースが多いけれど、まだ日本にもDBIC案件があったりして、自分も過去に使っていて今もまた使うことになったので、この辺りは興味があって聴講することにしました。今回も同時通訳が助かりました。

特にDBIC使い始めのころは、ResultSetという概念が面白くて、そのときのプロジェクトでは有効活用できていなかったけれど、自分的にはこれぞDBICといえるものでした。そういうものも含めて今後DBICを有用活用していくこともあるかもしれないなと思いました。以前よりも軽量化が進んでいるという話もあったり、DBICのコンセプトはまだいけるなぁと思わされました。

その後はメインホールから移って @masiuchi さんの「Windows ユーザーのための Perl による Web アプリケーション開発チュートリアル」を聴講。

StrawberryPerl だと cpanm も Mojolicious も結構サクッと動くことに驚きました。以前はWindowsのPerlといえばActivePerl以外の選択肢はなかったようなものですが、StrawberryPerlいけるなと思った次第です。

その後は @ktat さんの「継続的翻訳活動をささえる技術」を聴講。perldoc.jp などを支える翻訳技術と、それを助けるためのツールtranについてのトークでした。

そのまま場所を移動せず「YAPC::Asia2014会場ネットワークのツクリカタ」を聴講。今回のすごいネットワークを作ったCONBUの方のトーク。聴いていて驚きの仕掛けがいっぱい出てきて、さすがだなと思わされたと同時に、ただただこの快適なネットワークに感謝するだけでした。

その後、どこに行こうか迷っていたら多目的教室はどこも満員になっていたので、メインホールの「WHERE狙いのキー、ORDER BY狙いのキー」を聴講。40分トークだったものの30分くらいでまとまっていて、聴きやすかったです。MySQLは使っているものの、パフォーマンスを意識してMySQLを使ったことはほとんどないので、要所要所でへぇ〜と思いながら聴いていました。一応MySQLのパフォーマンス系の書籍は読んで、どういうふうにインデックスをひっかけることができるかくらいの座学くらいしかなかったので、結構よかったです。

早くトークが終わったので、メインホールを出たら、先ほど DBIx::Class のトークをしていた @ribasushi さんが座ってノートパソコンを操作していたので、思い切って声をかけてみました。英語、全然しゃべれないし聞き取れないんですが、なんとかこちら側のDBIx::Classの疑問点などを説明して、わかりやすくゆっくりとした英語で解説してくれて、とても嬉しかったです。昨年は海外ゲストとの交流が全然できなかったことは反省点だったので、今年はその反省点を元に行動に移せたかもしれません。

次のトークの時間があったので、@ribasushi さんとはいったんおわかれ。懇親会に来るのと聞かれたのでYesと返事をしたら、またあとで会おうという感じ。本当にこんなに英語が不自由な自分にも熱心に対応してくれるなんて感謝ですね。思い切ってお話してよかった。

その後は @charsbar さんの「Get a kick out of CPAN」を聴講。一応いくつかのCPANモジュールをアップしているものの、あまりCPANの作法を知らないので、これは聴いておこうと思っていました。入るのが遅かったので最初の「CPANとゲーミフィケーション」といった部分は少し聞き損ねてしまったのですが、なかなか参考になる話が聴けて、またCPANに貢献しようというモチベーションアップもできたので、聴講して良かったです。

その後は多目的教室を動かず「初心者が Web エンジニアのコミュニティに触れてみて感じたこと – ゆとりエンジニアの成長戦略」を聴講。@zoncoen さんはDeNAの新卒社員らしいですが、本当に最近の若い人は優秀だなーという印象。今や大手企業であるDeNAに入社できるというだけでも優秀なのかもしれませんね。

LT雑感

特に印象に残ったものをいくつか。

  • @maka2_donzoko さんのトークは例年通り、狙いに狙ったウケが楽しかったです。今後の同人活動がどうなっていくかわかりませんが、期待しています
  • @charsbar さんの「Top 10 Kwalitative Japanese authors 2014」、今年もランキング楽しめました。今年はCPAN Authorとなって眺めるランキングは一味違ったものでした。
  • @__papix__ 校長による「Perl入学式 2014年度活動中間記録」。前夜祭に引き続き、今日も壇上に立ってYAPCの顔となるのでした。
  • @kazeburo さんのパフォーマンスに関する造詣はすごいですね → 資料
  • @bayashi さんの YAPC Ramen Challenge は、あのアイスバケツチャレンジをパクったものでしたが、その後これがムーブメントとなるのでした。

会場の雰囲気

自分が慣れただけなのかもしれませんが、顔見知りの人が結構増えていい感じで同窓会的場所になっているのがわかります。

また、初参加の人もぼっちにならないような企画も結構あったりして、ぼっち対策も図られているなぁと思わされました。お祭り的雰囲気が全面に押し出されていて、初参加の人も常連の人に話しかけやすい空間になっている感じがしました。

懇親会

懇親会枠に入れたので、参加することができました。今回はスピーカーは落選してしまったので、とりあえず枠押さえが必要でしたが、懇親会に出られて良かったです。

懇親会は食べられんばかりの美味しい食べ物が並べられ、それを取って色々な方と懇親して楽しめました。全国から集ったPerl Mongerと懇親できるこの場は本当に貴重な機会です。あと@ribasushi さんとも再度お会いしてお話できました。Fiona Wangさんともお話しましたが、酔っていてビジネス英語は結構大変で、通りかかった @dankogai さんに助けてもらうという一場面も。

なんか懇親と料理に両手を塞がれていて、全然写真撮っていなかった!

その後Hubで「Perl入学式交流会」

YAPC::Asia の会期中、1階のHubがYAPCによって貸し切りになっており、YAPCの名札ストラップを見せるとHubに入場できて、各日合計1000杯まで無料で飲めるという素晴らしい企画があったのでした。

懇親会に出られなかった人が先だってそちらに流れていたのですが、懇親会後に行ってみたらギリギリ入れそうだったので入って飲み物を注文してツメツメで座りました。

私は「Perl入学式交流会」と銘打って、明日の「Perl入学式 in YAPC::Asia Tokyo 2014」に向けて、東京・大阪・福岡のPerl入学式のスタッフが集まって飲むという感じで盛り上がりました。

Hubにぎっしりと詰まったPerlプログラマー達のものすごい人数と熱気から、なんかここには書ききれないくらいの体験が押し寄せてくるから、本当に年に一度のYAPC::Asia Toktyoはすごいなって感じ。

前日はすぐ帰っちゃったので、1日目は終電ギリギリまでHubで飲みまくりました。楽しかった。

結局、終電ギリギリまで飲んで電車に乗ったのですが、渋谷駅からのJRが遅れていて、代々木駅の大江戸線最終電車に乗り継げず、途中からタクシーでの帰宅となりました。3000円くらいかかったけど、年一度のお祭だから良し!東急で渋谷に向かっている途中で、思わぬ人と遭遇して面白い話が聴けたので、それもまた貴重だしYAPCだなぁと思わされました。

2日目へ続きます。

YAPC::Asia Tokyo 2014 前夜祭 #yapcasia

おがた (@xtetsuji) です。

YAPC::Asia Tokyo 2014の個別記事、前夜祭編。書こう書こうと思っていていたら、いつのまにか約2ヶ月経ってしまって(開催は8月末で、ブログを書いているのは10月末)。だいぶ忘れかけている。だけど書きます。

この記事は 2014年8月28日(木曜日) に行われた YAPC::Asia Tokyo 2014 前夜祭編。その他の YAPC::Asia Tokyo 2014 関連記事は目次ブログ記事からどうぞ。通して参加した上での感想はだいたい目次ブログ記事に書いてあります。

入場まで

17時過ぎに会社を出て、丸ノ内線から副都心線に乗り換えて日吉の会場へ移動。他にもYAPC行くよっていう社内のエンジニアはいたのですが、前夜祭は行かないっていう人とか、仕事が大変で今日は…という人が多く、結局一人で会社を出ることに。

だいたい18時ちょっと前に会場に到着。会社を出るのが昨年に比べて遅くなったのですが、18時会場、18時30分開始なので、まぁ余裕がある範囲。

日吉駅を出て会場に向かう間に @htk291 さんにお会いしました (YAPC::Asia Tokyo 2014 感想 – 仮契約のエンジニア)。2007年からYAPC::Asiaに参加していましたが、2011年から本格的に各地で露出しはじめたら色々と顔を覚えてくれる人が多くて本当に嬉しいです。

昨年も同じ会場だったので、迷うことなく移動できました。入口にはファニーなイラストの看板も。

Welcome to YAPC

お祭り感を感じさせます。

今年は入場を急いでいたので、入場受付の写真を撮り忘れていました。といっても、あまり熱心に写真を撮る人ではないんですが、やっぱり最近は写真が残っていると思い出も残るよなって思います。

同窓会なYAPC::Asia

会場に入ってみると昨年以上に知っている人が多く、色々と挨拶したりされたりといった感じ。自分も2011年から各所に顔を出すようにしたり、コミュニティも成熟したりといった要因なのでしょうね。だからといってコミュニティへの新規参入への障壁をあげてはいけないとも思います。バランスが難しい。ぼっちを作らないといった部分も心がけないといけない段階かもしれません。

今年も出ました無限ビール、そして数々の無限シリーズ

昨年もイベントホールでは様々なものが出ましたが、今年もたくさん出ました。会期通して何が出たかは目次ブログ記事に書いてありますが、前夜祭で夜に到着した時にも、ビールやらつまみやらかき氷やらが配られました。大盤振る舞い!

無限にある飲み物1

無限にある飲み物2

こんな感じで、ビールを始めとした様々なアルコール飲料から、ソフトドリンク、そしてミネラルウォーターまで、飲み物が大量にありました。

そして2枚目の写真の遠くに見えるアイスボックスが、今回話題になった「DMMかき氷」。これは会期を通してとめどなく振る舞われ続け、DMMはかき氷の会社と言わしめた今年の名物となりました。例年の8月下旬の東京は灼熱地獄のまっただ中でかき氷はヒットするかと思われましたが、今年の8月下旬は一気に気温が下がってしまい(とはいっても汗ばむ暑さではありますが)、かき氷欲はそれほどでもなくなってしまったのが残念なところ。

とはいっても、味はラムネとストロベリーが絶妙で、とても美味しかったです。

席に座って何を取りに行こうか迷っていたら、スタッフの方からビールとかき氷とおつまみを配られました。これほど贅沢なカンファレンスはあるでしょうか。

もらったビールとかき氷

DMMかき氷近影です。

今年の前夜祭は「欲しいものは作ればいい! 〜Webアプリ10連発〜」

昨年度は「LTソン::Tiny」と銘打ったLT連発形式でしたが、今回は以下のような選りすぐりの10分トークの連続となりました。

ビールに始まる無限シリーズや様々な方との懇親に気を取られて前夜祭LTのメモを全然取っていなかったのですが、印象に残っているところを書き留めておきます。

@yusukebe さんのオープニングからいよいよYAPCがスタート。いやがおうにも高まります。

本トークに落選したものの、結局的に3日間どこかの壇上に上がり続けることになる「今年のYAPCのもう一つの顔」とも言える @__papix__ さんの GeekDojo の紹介がトップバッター。

純粋な技術面で面白かったのは「プライベートで3年間チーム開発をした話」(ストーリーボード)と「クイズを支える技術」ですね。

ストーリーボードは前からチラチラと知ってはいたのですが本当に良く出来ていて、Google Waveがたどりつけなかったリアルタイム編集の一つの形がこれなのかなと思わせるものでした。その内側、またそれを開発するための流れといった話はとても参考になりました。

「クイズを支える技術」はクイズ○ービーなどのクイズ番組の演出をどれだけ最新のIT技術で再現するかといった無駄な努力(褒め言葉)がとても面白かったです。とはいえ、トーク内ではその技術要素についてほとんど語られることがないという、聴講者の想像力をかきたてるトークではありました。

開発モチベーションであるとかサービス運用・改善といった面では、wri.peの話とtogetterのトークが参考になりました。前者はネットで話題になっていて知っていた @masuidrive さんによるメモアプリ、後者は今やTwitterユーザの誰もが知っているところとなったツイートまとめサービスです。

@syachi さんのゴミ収集カレンダー。Hokkaido.pm Casual発で本トークに応募したものの落選してしまった実地サービスでしたが、この場で聴講することができて本当によかったです。

前夜祭はほぼ時間通りに終わり、会場から撤収。

会場の入口付近には、これから飲みに行こうという人がたまっていたのですが、大人数で押しかけても入れるところは無さそうだし、明日も朝が早いので体力も温存したいしということで、少人数でさっと食事に行くことにしました。

その後

4人くらいで日吉の駅の反対側に行ってうろうろして、入ることができた洋食屋で軽く食事をしました。

誰と行ったのか記録していないので、記憶が定かではないのですが、確か @dokechin さん、@tsucchi さん、@htk291 さんと一緒だったかなという記憶。もしかしたら別の記憶とごっちゃになっている可能性もあります。間違っていたらごめんなさい。

ともかく、明日もあるし無理せず帰ろうということで、比較的早い時間に帰りました。

帰宅してからTwitterを見ていたら、みんな前夜祭からHubで夜遅くまでフィーバーしていて、元気だなぁって思いながら見ていました。どうやら前夜祭からHub貸し切りっぽかった?その元気さがあれば飲み会に行けるのにと、多少のうらやましさを覚えました。

明日が楽しみで「遠足前日に眠れない子供」状態になりかけていたのですが、2時過ぎに就寝。

1日目に続きます。

YAPC::Asia Tokyo 2014 に参加してきました #yapcasia

おがた (@xtetsuji) です。

そうです「ブログを書くまでがYAPCです」なのです。少しずつ書いています。

今年2014年も、8月28日木曜日から8月30日までの3日間、日本最大・世界最大級のPerlのお祭りである「YAPC::Asia Tokyo 2014」が行われました。

思ったことを全部書き始めようと思うと書く時間も文章も長くなるので、まず最初はこのサマリー記事を書いたあと、各日程に行われた個々のトークの感想を書いていきたいと思います。これは昨年の自分自身のフォーマットを真似ました。

このブログ記事は上記ブログ記事のまとめ記事でもあり、個々のトークや各種イベント枠以外のところにフォーカスを当てた記事です。あまり他の #yapcasia 関連ブログ記事で取り上げられていない部分かもしれません。

自分のYAPCと今まで

2007年から毎年参加して今年で7年目。「YAPC::Asia Tokyo」という名前では2006年から行われているので、結構な古参なんでしょうか?

2003年からPerlを書いている私ですが、それでも2010年までは怖かったり恥ずかしかったり人見知りだったり、外のコミュニティと積極交流することが無くて、Perlのスキルというのは全然伸びませんでした。業務ではひたすらmod_perlを使っていたので、書籍をむさぼり読んで、その知識だけは伸びたという感じ。YAPCで話題になるその年その年のPerl界隈の流行(PlaggerとかWAFとかMooseとかORMとか)には正直リアルタイムでは全然ついていけていません。

2011年からようやく地域pmに顔を出し始め、YAPCが同窓会のような場所になりはじめました。知っている人が少しいるだけでも、その知っている人から推移律のように顔見知りの人が増えていくという相乗効果。ぼっち参加でこの規模の会場に投げ込まれての交流は、今でこそ工夫されていたりコミュニティの成熟などもあって難易度が低くはなったものの、2010年以前はShibuya.pmがあって…あとは…って感じで、相当切り込んでいくぞっていう意思がないと、コミュニティに入りづらい感じはあったんじゃないかなと思います。少なくとも2010年までの私にその勢いがなかったのは悔やまれます。

2012年と2013年はmod_perlでYAPC::Asia Tokyoの壇上にも上がることができました。スピーカー側になって、さらに違った楽しみ方ができました。今年は残念ながらトークは落選してしまいましたが、それ以外の楽しみ方を満喫できたので結果的に大満足です。

私とYAPC::Asiaという部分の2013年までの時系列の詳細は昨年のエントリを参照ください。また、各項目の振り返りや反省が活かされたかという部分も、昨年のエントリと対比して書いてみました。

2014年も無事にYAPC::Asia Tokyoを楽しめた幸せ

昨年のYAPC::Asia Tokyo 2013での、牧さんと櫛井さんによる運営から手を引く発言。それで2014年のYAPCはどうなるんだという不安がありましたが、2014年に入ってから @yusukebe さんが主催することが発表になり、またあの興奮が味わえるのかという感慨深さがありました。

前夜祭が開催されてから、1日目2日目と、本当に本当に楽しいことばかりでした。これは少しずつ書いていきます。アルコールで記憶が弱った部分もあるけれど、まだ熱気が冷めやらない。

前回からさらに進化したYAPC::Asia

会場は前回と同じ慶応大学日吉キャンパスの協生館でした。

ただ、新たな工夫が前回以上に随所にありました。

まずは @yusukebe さんがYAPC::NAに行って取り入れようと思ったという、数々の無限シリーズ

  • 無限ミネラルウォーター (これは昨年もあったけど、さらに無限度が増していた)
  • 無限コーヒー、そして無限ジュース (これが今回の核となるアイデア)
  • いたるところにあるお菓子 / Sweets at everywhere (Thanks to Booking.com !)
  • 無限かき氷 (DMMはかき氷の会社!)
  • Hub貸し切りと2日間各1000杯無料

無限かき氷、予想外に外が涼しくて捌けるのが大変だったそうだけど、味は美味しくて開催中2つ食べました。

それだけでなく、CONBUを始めとした各ネットワークスポンサーによる快適なWi-Fi。前回はメインホールに人が集中した時に切れることがあったりしたのですが、今回は全く切れることがありませんでした。CONBUスタッフの方のトークによると、なんと上流は10Gbpsだとか。そしてハードウェアは最小限にして大部分のシステムをクラウドに押し込めた作戦には驚嘆。Twitterによる実況だったり、GitHubを参照したり、カンファレンスネットワークの安定供給は年々求められています。そんな中で安定したネットワーク回線を供給してくれた方々には本当に感謝しています

そして海外ゲストによる英語トークの同時通訳。「同時通訳といっても、この場所では相当ニッチな専門用語が飛び交うだろうし、英語力ない自分でもトークとスライドに集中したほうがいいんじゃないかな」という当初の不安を完全に吹き飛ばすほどのクォリティの同時通訳でした。牧さんのツイートによると翻訳スタッフの一人に元プログラマーの方がいて、さらに事前にトークする海外ゲストとの打ち合わせも綿密にしていたらしいです。

無限シリーズともかぶりますが、イベントホールの配置から漂うアツいイベント感。昨年は「聴きたいトークに行けなかったり、聴きたいトークが無ければイベントホールに来ればいいよ」という部分があまり伝わらなかった気がするのですが、今回は大いにイベント感あふれる場所・ちょっとした時間に来たいと思わせる場所になったと思います。主にイベントホールを仕切っていた名司会者 @uzulla さんの功績は誰もが認めるところでしょう。

それにイベントホールといえば、無限シリーズを振る舞ってくれて我々を常に快適にしてくださったスタッフの方々、そして「Acme大全」「雅なPerl」といった名物書籍を物販してくれた @maka2_donzoko さんと @kaz_hiramatsu さんの雰囲気作りによるものも大きいと感じました。オライリーブースもそうですが、いつもは通路にあってなかなか慌ただしいこれらの書籍ブースが落ち着いたイベントホールに移動したのは、イベントホールを彩り豊かにする作戦として成功していたと思います。

ドラクエ的に言えば、イベントホールの前のほうは劇場、イベントホールの後ろのほうはルイーダの酒場みたいになっていた感じ。

イベントホールの後ろのテーブルは円卓で、リアル「円卓会議」も実現されていたようです。

一部ののPerlプログラマーの間で、Plackのような次世代を切り開く第一線のPerlハッカー達のネット上での議論の場のことを尊敬の念を込めて「円卓会議」ということがたまにあるのですが、そんな風景がリアルに実現してしまうのがYAPCのすごいところ。

この記事を書くまで結構なYAPC感想記事を読まさせていただきましたが、こういう当たり前に使っている有名なソフトウェアを作っている人達に会えて感想を伝えられるのもYAPC::Asia Tokyoのスゴいところですよね。

YAPCの醍醐味は交流、そして海外との接点

日本中からPerlプログラマーが集まってくるYAPC、上記や前のエントリでも触れていますが、やっぱり醍醐味は交流なんだろうなと思わされます。

色々な交流があると思います。

  • ネット上や地域pmに行った時に交流がある遠方のPerlプログラマーとの同窓会的な交流
  • 会うことが貴重な海外ゲストとの交流
  • 興味深い発表をしたスピーカーとの交流
  • 業界の著名人との交流
  • ぼっちの人を見つけて交流促進支援

自分自身が2010年までぼっちで、懇親会に来ても会社の後輩と固まって食事をして帰るだけという苦い体験を繰り返してきたので、ぼっちの人やあまり知り合いがいない人を他の人との交流に巻き込むということは昨年から意識して行っていることです。さすがに1000人以上いる参加者全てをフォローすることは無理ですが、自分が無理なくできる一定の成果は上げることができたかなとは思います。

「実際に会ったことがないけどネット上では知っている興味のある人がいる」「このプロダクトを作った人に興味がある」という話を聞いて、その人を見つけて懇親会やHubの場で引き合わせたりといったこともしました。「余計なお世話なんじゃ」ってことが頭をよぎることもありますが、ぼっちを脱して交流ができた人はみんな明るい顔になるのを見ているし、自分が逆の立場、つまり著名な方だと言われて引っ張られたらやっぱり嬉しいですよ。昨年の懇親会で「mod_perlの人来たよー」とか言われた時とか、本当に活動してきてよかったなって思いましたもん。

第一線の人だってそうなんだということは、@miyagawaさんのツイートを見て思いました。

私の実質的な対外活動のスタートが2011年7月のHokkaido.pm#5で、実家も北海道ということもあり、北海道、特に札幌周辺の人達との再会は2011年からのYAPC::Asiaの楽しみでありました。それがHachioji.pmだったりPerlBeginnersだったり、他の地域pmやPerlの勉強会にも参加するようになって、本当に大きな同窓会になりました。ぼっちを脱したいと思っている人は、YAPCよりももっと小さな場所を攻めて、そこから顔を広げるキッカケを作ってYAPCに行くのが絶対におすすめです。

今年度に入ってからは、Perl入学式の運営に近いところで活動をさせてもらったりして、オンライン上でしか知らなかった大阪や福岡のPerl入学式のサポーターの方々とも初対面も果たしました。今回はそういう人との初対面という楽しみもあったのです。

海外ゲストとの交流。昨年は自分の英語力の無さから臆病になって全然できなかったのですが、それを自虐的に表明したら実は海外ゲストは孤立しているし、それはそういう日本の参加者が多いからだと教わり、心を入れ替えました。

どこかのフリーザ様のオマージュではありませんが、私の英語力はTOEIC300点台です(遠い昔ですけれど)。でも、そんなことを理由に海外ゲストから遠ざかっちゃダメなんだ、もっと興味のあることがあれば自分から切り開いていかないとダメなんだと痛感しました。

「日本人は読み書きならできるんだし」とも教わり、じゃぁ筆談だ!ということで今回はペンとノートも持参して活用しました。またGoogle TranslateやiPhoneに入れた英和辞書など、様々なツールを駆使しました。今回はヨーロッパからの参加者が多く、クラシック音楽つながりでヨーロッパが大好きな自分としては、その思いを伝えたいということもありました。

2日目のHubで「I love German! Becuase I like classical music, especially Beethoven and …」といった時にribasushiさんが第5交響曲(運命)の冒頭のフレーズを口ずさんでくれた時には「あー、プログラムもそうだけど、音楽も世界共通語だったわー」ってちょっと目が潤みました。その後「Do you like Bach?」って聞かれて、さらに会話が弾んだり。

1日目のイベントホールで休んでいたらBooking.comのFiona Wangさんと話す機会があったので「オランダに興味があるし、自分が好きなドイツも隣で近いし、行けるものなら行きたいです」といったことを英語で言ったらリクルーティングモードに入ってしまったのですが、そこは私の英語力がもっと上がってからチャレンジしますと答えておきました。

今働いている場所の良し悪しとは関係なく、海外で働くことは桁違いの人生の「体験」になると昨年くらいから思っています。若い頃から英語は嫌いだったし、海外への興味なんて全くなかったのですが、昨年くらいからかなり考えが変わってきています。

今年のキーノートでも「ロールモデル」というものが話題になりましたが、恐れ多くも私はmiyagawaさんのような働き方や生き方に憧れています。miyagawaさんのスキルや知名度というものに到達するのは半ば無理ゲーだし、どちらかというと自分にとってのスキルや知名度は働き方や生き方を実現するための手段なのかなって。でも海外で働くとかそういう部分は貪欲に攻めていってもいいんじゃないか。たとえそれが実現できなかったとしても、そのための努力は決して無駄にはならないでしょう。

物ではなく体験を買えとはよく言ったもので、大きな体験は大きな人生の豊かさをもたらすと思っています。そのためには英語も勉強して好きになるし、手段としてのスキルも身につけていく、そういう攻めのスタイルを加速させたいと思ったのも今回のYAPCでした。

2010年までの反省からも、人との出会いや再会、これほど人生の良い体験は無いとすら思っています。そして新しい出会いから生まれる、さらに新しい体験の数々。そういうことを考えると、どうして20代の頃は対外活動をしなかったんだろうと思うとともに、「なにごとも遅すぎることはない」という言葉を教訓にこれからも頑張りたいです。

Perl入学式 in YAPC::Asia の試み

今年はトークに落選した代わりに「Perl入学式 in YAPC::Asia」のサポーターとして参加しました。この試みは2年目で、昨年は少し見学した程度でしたが、今年はトークを聴講するよりも自らの体験を増やそうと思っていたので、すぐさまサポーターとして名乗り出ました。

当日の準備や2時間30分のサポーターなど結構大変な部分もあったのですが、@__papix__ 校長やイベントスタッフの方々に比べたら大したことはないでしょう。

プログラム言語のカンファレンスともなると、初心者お断りといった雰囲気を漂わせるものもありますが、このPerl入学式の試みは「誰にでも開かれたYAPC」という印象をYAPC::Asiaに根付かせることへ一定の成功を収めていると思います。実際会場でも、職業プログラマー以外の趣味プログラマーや初学者にお会いする機会が結構あり、それがPerl入学式 in YAPC::Asiaがきっかけだったという話を聞くと、サポーターとして参加している自分としても嬉しい気持ちになります。

Perl入学式 in YAPC::Asia の詳細については、2日目の記事に書きたいと思います。

国際的コンテンツ @__papix__ 画像について

今年のYAPC::Asiaの顔は主催者である @yusukebe さんであることに異論はないですが、違う意味での「顔」となったのが @__papix__ 氏。

前夜祭のLTのトップバッターを務め、1日目のLTに登壇し、2日目に「Perl入学式 in YAPC::Asia」の講師を務め、3日間どこかの壇上で話しているという事実。本人が2つ応募した本編トーク両方が落選したものの、結果的には壇上で多くの聴衆の目に触れることになりました。

さらに、彼の画像を使ったスライドのネタが多発するというのが今回のYAPCの特異なところでした。前夜祭では連発され、1日目LTでも登場、そして2日目LTではSawyer X氏までが使いこなすという事態。

これを見た @__papix__ 氏は

といい、その結果に対して @yusukebe さんは

と評論しました。

スタッフとしてスピーカーとして3日間どこかで登壇しつづけていた @uzulla さんのような例もありますが、また別の角度から「今年の顔」となった @__papix__ 氏。まさに「国際コンテンツ」です。

前夜祭から笑わせてもらいつつも、内輪受けだと思われると嫌だなぁと思って、あのコンテキストがわからない方へ簡単な解説を書いておきたいと思います。

大阪での学生時代から @uzulla さんにかわいがられていた @__papix__ 氏でしたが、@uzllla さんは頻繁に彼の写真を撮り、そして @__papix__ 氏の同意を取って「これはフリー素材である」として彼の写真をTumblr PAPICS にコレクションしはじめます。主にHachioji.pm界隈で使われだしたこの使い勝手のよい「画像コンテンツ」は、ついには @yusukebe さんが @__papix__ 氏に依頼をして正式な撮影の場を設けるなどして、 @yusukebe さんや @uzulla さんによる共著にも使われることになり、それによってさらに「画像コンテンツ」として一部界隈で有名になっていきました。

彼の味のある風貌や、ネタとして使い勝手のよいポーズの数々など、その汎用性の高さから、一部界隈で素材として重宝がられ、このYAPC::Asia Tokyo 2014で「爆発」したとも言えます。

@__papix__ 氏自身もフリー素材とは言ってくれてはいますが、今の世の中は肖像権があったりするし、使い方によってはコンテキスト的に誤解を生む場合もあるかもしれないので(そこは結構心配しています)、彼の知らないところでもしあなたがスライド等でPAPICS素材を使う際は、是非 @__papix__ 氏とコンタクトを取ってあげてください。商用利用の場合は交渉必須。

みんなを笑顔にする素敵な写真の数々、ありがとうございます > @__papix__ and @uzulla

YAPC::Asiaのこれから

クロージングで、来年のYAPC::Asiaについてあえてボカした @yusukebe さん。来年もやってくれるという気持ちもあり、万が一やってくれなかったとしても絶対に誰か意思を引き継いでやってくれる人がいると、今はそう感じます。JPA自体が可能な限りのYAPCの運営サポートをしてくれることもあるので、今より小規模になったとしても細々と継続して行われていくことに意義があるんじゃないかとすら思えます。

この辺りは2013年までYAPCを支え続けてきて、今年もサポーターやスピーカーとして多大な功績を残した牧さんのブログエントリが参考になるんじゃないでしょうか。

今までのPerl、これからのPerl

今年はトーク応募時点で全然Perlのトークがないと言われて来ましたが、蓋を開けたら半分はPerlの話だったりPerlと密接な話だったりして、やはりPerlのイベントなんだという印象です。でも、他のプログラム言語だったりインフラといったジャンルに対する垣根を作ったりしない部分も今年は例年以上に際立っていて、そこに対して多少の賛否両論もあったのですが、杞憂だよなぁというのが自分の考えです。

昨年はPerl FUDが吹き荒れた年でしたが、今年は目立ったものがあまりありませんでした。なんとなく「ある程度のスケールまで行くと使うプログラム言語は関係ない」「今のPerlは昔のPerlとは違う」といった認識が広がっているのかなとも思いました。

Perlはこれから爆発的なブームは生まないかもしれませんが、後方互換性を重視した姿勢が再評価されたりする時代が来そうな予感もします。それは、今イケていると言われている言語が後方互換性を気にしない姿勢による「バージョンアップ疲れ」みたいなものから発生するかもしれないし、ISUCONなどでのPerlの速度的実績が取り上げられて再評価ということもあるかもしれない。

また、ここ数年はPerl入学式PerlBeginnersといった初心者向け勉強会が豊富に行われて、他の言語よりも学びの場が多いという初学者からの話も聞いたりします。それになにより、今のPerlのコミュニティは言語コミュニティとして成熟していて、昔より開かれており温かい。そういったコミュニティの数々も評価される時代がくるんじゃないかと思います。

様々な理由や努力があるとは思いますが、どのプログラム言語の国内カンファレンスよりもYAPC::Asiaが大きな規模といったことが、国内でのPerlの活発さを物語っているのではないでしょうか。これからもPerlは他の言語の良いところを吸収しつつ、逆に他のプログラム言語やインフラへPerlの良いところを伝えていく時代がくるんじゃないか、今年のYAPC::Asiaを聴講してそういう期待が一層強まりました。

個別のトークの話をほとんどしませんでしたが、かなり長くなったのでこの辺で終わりにします。

1日目のトークのブログ記事へ続きます。

YAPC::Asia Tokyo 2014 が始まります #yapcasia

10年間くらい仕事と趣味でPerlプログラマーをしている、おがた (@xtetsuji) です。

件名の通りですが、YAPC::Asia Tokyo 2014 が2014年8月28日(木曜日)の夜の前夜祭から3日間にかけて行われます。

私とYAPC::Asia Tokyo

2006年から行われているYAPC::Asia Tokyoですが、私は2007年から毎年同僚と一緒に行っています。

最初は完全ボッチで後輩と固まって聴く専門でしたが、2011年7月のHokkaido.pm#5への参加からPerl界隈の知り合いが増えて、それ以来全国のPerlプログラマー同士の同窓会の場になっています。2012年と2013年には思い切ってトークをする側にまわることもできて、とても有意義な体験をすることができ、それによってさらに仲間が増えていきました。私にとってかけがえのないイベントです。

YAPC関連で2013年に書いたブログ記事はこちら。

YAPC関連で2012年に書いたブログ記事はこちら。

YAPC関連で2011年に書いたブログ記事はこちら。

2010年以前は個人ブログとかも書かず、対外的なアウトプットをせず社内にこもっていたので、感想記事はないんです。残念。

今年の楽しみ方

2013年は、突然の運営側からの「来年やる人いないからYAPC無くなるかも」発表の後、しばらくして@yusukebe さんが腰を上げて、2014年も行われることが発表されました。本当にめでたい。

上記にも書きましたが、YAPCの楽しみ方は「年に一度、日本全国のPerlプログラマーが集まる同窓会」といった感じではないでしょうか。もちろん人によって色々な楽しみ方があると思います。今まで地域.pmに行ったことのない人が今から突然行くわけにもいかないので、そういう人はせっかくのYAPCの場ですので、他のPerlプログラマーとの交流を重点的にするのがオススメです。情報だけならネットで検索すれば出てくる時代ですし、臨場感は味わえませんが後日Youtubeで大半のトークは公開されますし。

トークが終わった後のスピーカーを捕まえて質問してみるとか、そういうことで良い出会いが生まれたりすることがあるかもしれません。多くのスピーカーは質問を受けることが嬉しいはずです。私も質問する側、される側、両方で今までかけがえのない良い出会いがありました。

懇親会は事前応募制で漏れてしまった方もいるかもしれませんが、YAPCビギナーだったり、知り合いがいないよという方は、色々な場所に行ってみて声をかけられそうな人がいないか探してみるといいと思います。せっかく行くのであれば、実際に人と交流しないともったいない。本当にそう思いますし、2010年までの自分に言ってやりたいです。

昨年度までを振り返って、私のYAPC参加の反省点は以下です。

  • ずっとトークを渡り歩いて聴講し続けたので、YAPC運営側が想定していたようなフリースペースでの懇親といったものに参加できなかった
  • 特に英語力の問題で、海外ゲストとの交流に尻込みしてしまった
  • 自分のトークがあった2012年と2013年は、それで頭がいっぱいで結構大変だった (得られるものも多かったですが)

その後、英語力は全然成長していませんが、今年は拙い英語でも海外ゲストにぶつかって懇親していこうと思っています。ヒアリングとスピーキングはダメでも、読み書きなら多少はできるぞということで、紙とペンを持って困ったら筆談してやろうという意気込みです。「I can not speaking and hearing English. But I can write and read English!」なんてTシャツ作っておけばよかった。

というわけで今年はこんな感じでいこうと思います。

  • 今年はトークの聴講というものは最小限にして、各スペースで行われているイベントを積極的に回ることにする。臨場感は味わいつつ、多くのトークは後日公開される動画で観る。動画撮影非許可のトークは重点的にチェックする
  • 海外ゲストに果敢にぶつかっていく。最後の手段は紙とペンで筆談!
  • 自分のトークがない分、2日目の「Perl入学式 in YAPC::Asia Tokyo 2014」のお手伝いでYAPCに少しでも貢献する

あと、Twitterなどでいつも有益な情報をいただいているけれど、実世界ではほとんどまたは全く面識の無い人とお会いして顔を広げたいっていうのは毎年の願いです。2011年から人の輪が広がってきて、人が人を呼ぶ感じになってきたので、本当にコミュニティというのはありがたいです。

Perl入学式 in YAPC での出会いも今から楽しみです。

その他いろいろ

今年のYAPCのトークは例年にない2倍近い高倍率で、相当数のトークが落選しました。かくいう私も、今年も応募したものの落選してしまいました。

が!そういう落とされてしまった(リジェクトされてしまった)トークをやろうというイベントがYAPCの熱が冷めやらない9月3日に行われて、そこでお話させていただくことになりました。

例年、1000人規模の人数を集めるYAPCが終わったあと、日本のPerlプログラマーコミュニティはそれをきっかけに盛り上がります。今年も半分過ぎてしまいましたが、各地のPerlコミュニティに足を運んだり、日頃からサポーターとして参加しているPerl入学式が盛り上がったり、まだまだ楽しみなことが色々ありそうです。

まずは明日からの3日間の YAPC::Asia Tokyo 2014 を心残りなく楽しめるように全力で行こうと思います。皆さんにお会いできるのを楽しみにしています。

良い睡眠習慣の今昔

おがた (@xtetsuji) です。タイトル通りですが、今回は睡眠についてのエッセー。

私自身も不眠体質なこともあり、一時期は睡眠導入剤を服用したり、もともと子供の頃は結構な夜更かしだったり、社会人になってからは仕事の都合で徹夜も幾度かしていました。

タイトルの通りなんですが、最近は夜更かしや徹夜は可能な限りすべきじゃないなって思っています。一般的に自分も歳を取ったからからかなとも思いますし、若い頃は夜更かしや徹夜に耐えられるだけの体力があったということもあるんでしょうね。

昔から睡眠というものそのものに興味があって色々と調べたりしていたのですが、時代とともに睡眠に対する論説が少しずつ変わってきている印象があります。徐々に医学的な研究が進んできていることもあるのでしょう。

一応お約束ですが、私は医療関係者ではないのでこの記事には医学的裏付けがありません。参考にして何か問題があっても責任は持てませんのでご了承ください。

一昔前の睡眠論説

もともと電灯などがなかったり高価だったりした時代は、日が落ちて暗くなったら眠るし、日が昇って明るくなったら起きるということを普通に行っていたので、医学的にも民間的にも睡眠について多く語られだしたのは、電灯などが一般に普及して24時間社会であったり夜更かしの文化が生まれた高度経済成長期以降で、それまでは睡眠時間が何時間とかそういうことを語ることはあまりなかったのでしょう。

自分の子供の頃から2000年台まで考えると、以下の様な睡眠論説が多かったように思えます。

20年くらい前の昭和の頃は「適正睡眠時間6時間」というキーワードが踊りました。睡眠といえば6時間というほど、6時間は定型句だったように思えます。

  • 子供に対しては早寝早起きを励行、成長のため子供は大人より長く眠らなくてはならない
  • 適正な睡眠時間は6時間
  • 睡眠リズムは1時間30分
  • 睡眠がどうして必要かという科学的な裏付けの説明がされることは少ない

それから少し状況が変わってきて、一時期は不況を脱するために働かなくてはならないとか、睡眠を削って自己研鑽するというような「短眠指南」「睡眠時間4時間法」といったものが相当多く出回った印象です。ビジネスマンにとっての睡眠は、自分の時間を減らす無駄なものとして語られることが多くなった印象。

  • 睡眠時間を削ることで自分の時間を作るといった論説が広まる
  • 睡眠時間を4時間まで削ることができるといった、いわゆる非専門家による短眠指南書のブーム

この短眠指南書の躍進には、ナポレオンだったりといった歴史的に短眠だった偉人を引き合いにしたものも多かった印象があります。この手の書籍はビジネス書が大勢を占めていて、書いている人も睡眠を専門とする医学従事者ではないことがほとんどでした。一部の睡眠医学の研究家はこの手の書籍を批判したりしていましたが、声が大きくなかった印象 (非科学的な民間論説に関わるべきではないという学者体質もあるのかもしれません)。

今の睡眠論説

今は2014年ですが、ここ2〜3年の睡眠論説はだいたいこんな感じに落ち着いてきた感があります。

  • 適正な睡眠時間は7時間から8時間だというと統計的主張がほぼ優勢
  • 間を取って7時間30分睡眠ということも言われるが、睡眠リズムが1時間30分であることはあまり取り上げられなくなった (この1時間30分説が前述の睡眠時間6時間説の補強となっていた部分もある)
  • 先天的に稀な短眠者と呼ばれる一部の人以外は、後天的に適正睡眠時間を短くすることは不可能だとし、睡眠学者による民間の短眠指南書を一刀両断する風潮になる
  • 身体の中の化学物質などによる睡眠の医学的裏付けが進んだものの、なぜ睡眠を取らないといけないのかといった根本的命題については今も解決されていないらしく、そこについて詳しく言及されないことが多い (栄養を取らないと死ぬ事は医学的に明瞭に説明できても、睡眠を取らないと死ぬ事は医学的に明瞭に説明できない) が、それでも医学的裏付けは一昔前よりもずっとできている

しかもこれらは以前の短眠指南書ブームの時とは違い、睡眠医学の専門家から独立に発表されたことをニュースや記事にしたものが多く、以前よりも信ぴょう性はあると感じます。

また歴史的にも、ナポレオンの短眠説を否定する論説もあったり、歴史の偉人が決して恵まれた短眠者だったわけでもないらしいということが明らかになったことも追い風になったと思います。ビジネス書がばらまいた短眠指南書ですが、現代成功しているビジネスマンのほうが蓋を開けてみたら7時間や8時間眠っている事実が結構あって、そういう情報が普及するにつれ短眠指南書ブームが去っていったように思えます。

これからの睡眠論説の予想

あくまで門外漢の私の予想でしかないですが、2015年以降数年は以下のように変遷していくのではないかなと思っています。未来を予想してみることは重要。

  • 理想的な大人の睡眠時間と言われた7時間から8時間説はほぼ揺らぐことはない (相当な統計的事実が積み重なった結果なので) ので、これに従っておくことは有意義
  • 「深い眠り」「浅い眠り」というものがもっと民間でも掘り下げられ、睡眠リズム1時間30分説よりももっと詳細な「良い眠りを取るための追求」が行われる
  • 大昔から行われてきた朝起きて夜眠る人間の自然のスタイルが身体にとって最も良いことが、統計的事実や医学的理論でさらに補強されていく
  • AppleやGoogleによるスマートフォンとヘルスケアのエコシステムが確立して、睡眠を計測する機器が今よりもずっと浸透して、それを利用した新たな良い方向の民間の睡眠指南が生まれる
  • 「なぜ短期的に一定期間全く眠らないと死んでしまうのか」といった類の睡眠の完全に未解明な事柄が医学によって徐々に明らかになっていく
  • 夜勤などといった一時的に不定期な仕事をしなければならない人のために、それらの人の身体的負担を減らす医学的技術が開発され、それは時差ボケといった問題にも応用されていく
  • 少子高齢化・人口減少時代で、24時間営業であったり深夜営業といった形態の店が減ってきて、ほんの少しであるが夜遅くまで現代人が起きている理由が減ってくる。それは海外で行われている無理をしない持続的成長でもあり、高度経済成長期以前の見直しでもある

もっと想像は膨らみますが、今も実現しつつあることなどから推察すると、今後数年で上記のような方向に進んでいくようにも思えますし、そうなるといいなという希望的観測でした。

昨日はレイトショーを観に行って夜更かしをしたら、今日は夕方まで眠気が晴れず大変でした。やはり不規則な睡眠生活は良くないなと思っていたら、左手の手首につけている UP24 by Jawbone が「今日は1時15分までに就寝するように」とiPhoneを通じて私にアドバイスをくれました。今後は、よりスマートフォンなどのデバイスや他の機器と密に連携したヘルスケアデバイスが出てきて、我々を健康な睡眠に導いてくれるのではないでしょうか。今日からはまた早寝をして明日に備えます。

UP24は半年近く使ってだいぶ使用感がわかってきたので別記事を書こうと思っています。

UP24は色だけでなく腕につけるサイズが3種類ありますので、買う前に事前調査をしてみてください。不安であればアップルストア等で店頭販売されているので、それを手にとって見るのもよいかもしれません。

参考リンク:

オープンにしたい情報、秘密にしたい情報

おがた (@xtetsuji) です。

私はコミュニティ活動を活発にしだした2011年以降、自分に関する結構な情報をネット上でオープンにしています。自分のドメインでポータルサイトも作って、ここを見ればだいたいどんな人かわかるようにしているといった感じ。

日本のネット文化って昔から匿名主義だったりするので、自分が実名主義だからそういう感想を持つのかもしれませんが、なかなか多くの人が自分の情報をオープンにしないことは残念な気もします。もともと日本古来から、実名を呼ぶことは失礼(偉い人を役職で呼んだりするとか)だという文化があって、変名を多用することもあるのかもしれません。

そういう意味でFacebookが根付かせた実名主義SNSは凄いなと思うのですが、正直自分自身がFacebookの社交的ノリについていけないので、評価半分・忌避半分といったところです。

情報をオープンにするメリット

実名主義を敬遠したりする人にとって、情報をオープンにするメリットってなんでしょうか。

今の時代、終身雇用制も瓦解して自分のスキルをオープンにしていくことが求められています。私の職種であるプログラマーでも、オープンソース・ソフトウェアを開発したりしてそのスキルを間接的にでもアピールしていくことで、役立つことがあったりします。

そういう職種でない人にとっても、現在はプレゼンテーションスキルであったり交友関係といったものはどの職種でも重要で、この時代に大人として生きていくために持っておきたいものです。そのためにも、自分についての情報を一部でもオープンにすることは、多くの人に自分を理解してもらう、良いきっかけではないかと思います。

これから少子高齢化で孤独社会が来ると言われてもいます。同窓会など、一度は疎遠になってしまった人が私を探したいとか偶発的に私の情報にたどりついたとかで、再度親交が温まったケースは何度もあります。初期のmixiとか今のFacebookではその傾向が強いです。ひとまず、来年始めに同窓会をやりたいと考えているので、今年になって数人の中学時代の同級生とつながれたことは結構嬉しいですね。これもひとえに自分の情報を公開しているからです。

オープンにしたいと私が考えている情報

これは私の考えなのですが、オープンにしたほうがいいなという情報です。

まず名前はとりあえず公開といった感じ。世の中同姓同名はほぼ必ずいるので、特に同姓同名が多そうな名前の人は、検索エンジン向けに固有のハンドルネームも一緒にあるとよいです。イベントなどで会ったときの印象も違うと思います。ちょっと恥ずかしいハンドルネームの場合は、恥ずかしくないハンドルネームをとっておくと良いんじゃないでしょうか。Twitterのアカウント名(スクリーンネーム)は一意なもので、2014年現在のハンドル名は多くの場所でTwitterのものがソレといった感じなので、Twitterのアカウント名がハンドルネームと対応していると良いと思います。

しかしながら、私の名前ってどの姓名判断でもズタボロの超ヒドイ結果でして、姓名判断というものの存在自体が「名前ハラスメント」になっているんで、言わないところでは言わないようにしています。色々な事情で本名が言えないとか言いづらい人もいるので、そういう場合はハンドルネームも含めた変名があるといいんじゃないかなと思います。ペンネームみたいな感じで。要は多くの人が自分自身を特定できるのが目的なので。

私はFoursquareなどの位置情報が大好きで、自分の位置情報を公開することにも結構熱心な人です。位置情報は結構なプライバシー情報で、人によっては公開すべきではない人もいるとは思います。特に女性とか著名人とかアイドルとか。でもまぁ私の場合は一般人で、公開しない機会損失よりも、公開したときの偶発的な出会いや助けを大事にしたいと考えています。前の職場では、会社帰りに近所で食事をしていたらFoursquareからTwitterにフィードした情報を手がかりに後輩が来てくれたり、近くにいるFoursquare仲間が会って飲まないかと言ってくれたり、人生を豊かにする偶発的な出会いに役だっています。嫌いな人や苦手な人が寄ってこないかって?日々の過ごし方にもよりますが、普段から八方美人でない限り、あんまりそういう人が寄ってくるっていうことは無いとは言わないまでも稀かなぁという気はします。人にもよるとは思うんですが、そういう思いって無意識に伝搬しますからね。

よく言われる位置情報公開のデメリットは「自宅にいないことがバレたら泥棒に入られる」といったものがあります。ただ、たいてい一日のそこそこの時間は自宅にいない時間だし、近所の人と日々仲良くしたりといった別の方法で泥棒対策をしたほうがいいというのは最近思うところです。もちろん治安の悪化は不安ではありますが、治安を良くしたり治安の良い場所を選ぶことも大切なのかなと思います。ここには決定打はありません。

位置情報が空間情報であれば、時間情報は予定にあたるかもしれません。差し支えない予定であれば公開してしまうのもおすすめです。これはITエンジニアだと結構飲み会などもオープンにATND等のイベントサイトにページを立てたりしているんですが、これもポジティブな偶発的な出会いを求めていることになるんじゃないでしょうか。誰か特定の人を誘うのは心理的障壁はあっても、予定を公開しておいて「これに行きたい人は参加表明してね」っていうのは、ぼっちにとってはライフチェンジングな手法だなと思いました。

大まかな出身地と居住地を公開しておくと話が弾みます。「どこ出身?」から始まる飲み会で盛り上がることは多いですし、実際に会ったことがなくてもネット上でどこ出身かがわかると、そこから広がる話も多いなと感じます。もちろん、上記の位置情報のように、住んでいた・住んでいる場所を話すと差し支えがあるという人や場合も当然あるとは思います。

何らかの連絡ができるメールアドレスはひとつ公開しておくと良いと思います。SPAMが心配であればGmailもある時代ですし、それ専用のメールアドレスを作ることは今では難しいことでもありません。そこから何か良い話が転がり込んでくる可能性もゼロではありません。当然ながら、電話番号やケータイアドレスやLINEなどのIMアカウントは、段階に応じてって感じで、一般公開ってものでもないでしょう。SPAM的対策のしようもないし、キャッチセールスや悪意のある人間に知られた時に逃げ場がない(逃げるコストが高い)。

趣味や特技は公開しておいてよかったと思うことが多いです。最近はSNS全盛、せいぜいブログで、一般のウェブサイトを持っている人は少なくなりましたが、ブログの固定ページででも自分の趣味や特技を列挙しておくと、何か良い出会いが生まれると思います。いわゆる「プロフ」サイトで作ってしまうのも一つの手でしょう。同じ趣味で意気投合して何か新しい体験ができたり、自分の趣味を知っている人が何かのキッカケでそれに関連したグッズをプレゼントしてくれたり、振り返ると良いことが多かったです。下心があるわけではないのですが、相手側も同じ趣味の人と出会える事は嬉しいはず。私の事を職業プログラマーだと思っている人が、実は路線バス好きだという私のもう一つの側面を知れば、良い情報を提供してくれたりといったこともあるかもしれませんし、実際そういうことは結構あります。すごく嬉しいです。ただ、「ロリコンです」とか、言ってドン引かれる趣味や特技もあるので、そのあたりの公開・非公開は各自の判断でお願いします。私は黒髪美女のお姉さん系が好きです。

特に公開しないとしても、大人になってよく聞かれる質問や選択肢には、あらかじめ自分なりの答えを持っておいたほうが便利です。「猫派?犬派?」といった些細なものから「座右の銘は?」など。

趣味や仕事に近い部分でもありますが、自分の作った成果物は公開しておくのがおすすめです。プログラマーであれば自分のプログラム、デザイナーであれば自分の描いた絵などですね。幸いに、今ではGitHubであるとかPixivであるとかニコニコ動画YouTubeであるとか、そういうものを公開する場は潤沢にあるので、そういうのを利用しない点はありません。もちろん転職などの時に有利に働く可能性があることもあるでしょうけれど、思わぬ人との出会いにもつながるかもしれないところが楽しいところです。

オープンにすべきかどうか状況が分かれる情報

学歴とか職歴は難しいなと思っています。就職のご縁など、これがキッカケで良縁があることも大いにあるのですが、人によっては学歴自慢に映ることもあるかもしれない。ネタとして使えるところでは使いますけれど、私の場合は基本的にはあまり全容は言わないことが多いです。前職情報とかも、どこの会社でもあるはずだけどネガティブ系の話題になったり守秘義務に抵触したら嫌だなと思って、話すときは言葉を選びながら話すようにはしています。昔よりは自分も大人になったかも。

あと病歴とか病気になったという情報も難しい。公開してもメリットになることは少ないばかりか、どうしても偏見やハンディキャップにつながったりする情報でもあるので、戦略的に公開しないほうがいい場合が結構あったりします。ただ、差し支えない持病を周知しておくことで周囲に配慮してもらえる部分もあるかなとは思います。呼吸器が弱いとか喘息持ちだと言っておけば、空気の汚いところには連れ出されないでしょう。私はタバコが本当に本当に苦手です。

私も2013年12月に胃潰瘍で緊急入院したときも、公開した時の諸々のリスクを考えた上で、自分には東京で頼れる親類もおらず意識を失う寸前だったことや直近で助けが必要だったこともあり、総合的に判断してTwitterで情報を流すことにしました。センシティブな位置情報を公開することも含めて、これは床上安静になってから1時間くらい真剣に悩んだんですが、結果様々な人に助けてもらって本当に助けられて感謝することになったし、その反面多くの人に心配をかけてしまったなという反省もありました。

血液型は面倒。血液型占いや血液型性格といった科学的根拠の無い差別に会う人もいるんじゃないでしょうか。特にB型の人とか可哀想。ただ、外科系で緊急入院した時にほぼ必要な情報なので周知しておくと役に立ちます、というのは緊急入院したことのある私の意見。まぁ、最近は病院でも採血したら即効で血液型がわかるようです。

位置情報の公開が大好きと上に書きましたが、居住地の住所まで公開するのはどうかなと考える日々です。前述の通り、電話番号やキャリアアドレスやIMアカウントは逃げ場がない系なのですが、居住地バレも逃げ場がない系。厳密に言うと逃げなきゃならない時に引っ越しコストが高すぎる。あんまり偶発的な出会いにも役立たないし、変な勧誘がくるとかのデメリットのほうがはるかに多い。ただ、私の場合は知人がネット上で住所を調べられるようにはしています。突然来られても自宅には入れない(というか片付けていないから入れられないだけ)ですが。

食事情報の公開も良し悪し。「うまいもの食べてるねぇ」って言われて嬉しいこともあれば、「野菜食べてないんじゃない?」とか心配されることも嬉しい範疇としても、「うまいものを食べているリア充アピールですか?」みたいな取られ方をする場合もあるようで、難しいなぁと思っています。自分の場合は単にライフログが大好きで、食事もライフログの一環として記録しているのを単にネットに公開しているだけなのですが、最近は公開すべきもの・そうでないものを分けようかなと思っています。

よくあるのは政治観や宗教観。日本人の特徴なのかなと思うのですが、互いに思想の違う人だと判明すると分かり合えないみたいなのがあって、そういうのは良くないなぁとは思いつつ、話題に出すと面倒なのがこれ。嘘でも「政治に興味はありません」「無宗教です」って言ってしまうのが一番簡単ですが、政治に感心がない大人ってどうなのって思うし、宗教が人を豊かにする側面もあるとは思う。もちろん選挙演説がうるさいってのもあるし、カルト宗教団体に軟禁されて大変な目にあったこともあるけど(本当です)、言うかどうかは別としてそれでも自分の思想は持っておきたいです。

顔写真。プライバシーとか肖像権を問題にする人も多いとは思いますが、私はそれ云々以前に単に昔から写真が嫌いだっただけ。写真写りが悪いというか元の素材が悪いので…。これからでも良くする努力をしていかなきゃとは思っているのですが、なかなか難しい。ただ、カンファレンスや勉強会のトークで撮影が入ったり、取材等で写真撮影があるときには快諾するようにしています。素材の悪さを嘆いても仕方がないので。それよりも人生を通したセルフブランディングのほうが大事だろうと。

あと最近思うのは、写真は撮られ続けると本人も写り方が分かってくるのか見る方が見慣れるのか、味が出てくるということ。毎日 @__papix__ さんの写真集Tumblrであるpapicsを見ていると、味が出てきます。彼の写真はフリー素材だそうです。すごい。

秘密にしておきたいと私が考えている情報

これも私の考え。多くの人が日々おおっぴらに公開しているものでも、自分なりに秘密にしておきたいというものもあります。だからといって、これらを公開している人を批判しているわけではなく、あくまで私個人的な考えで誰かに強制するものではありません。多様な意見があることって良いことじゃありませんか?

意外かも思われるかもしれませんが、私は生年月日を秘密にしたい人です。なぜって、サポートセンターとかに電話をして個人認証の最後の砦として生年月日を聞かれることが多いから。もちろん、金融機関もそれはダメって啓発活動をしているくらいなので、今どき生年月日の8桁か4桁の数字をパスワードや暗証番号ににしている人っていないだろうけれど、個人的に何か抵抗があるのが生年月日の公開。なのである程度信用した人か、何かの登録に必要でその登録先がそれなりに信用たる場合以外は生年月日は言わないようにしています。あと、あんまり年齢を知られて嬉しい歳でもなくなってしまいましたからね。

なので誕生日アピールを必然的にしないので、誕生日を祝ってくれる人がいないという寂しい問題にぶち当たります。それを解決するのが、誕生日は休暇を取って親類と一緒にいるようにする。それがだいたい例年の過ごし方になっています (が、今年は休めそうにないのでかなり落ち込んでいます…)。

それと交際ステータスは秘密にしたいと考えています。要するに、彼女がいるかいないか、結婚しているかしていないのか、離婚歴はあるのか、子供はいるのか、といった感じ。ネットの記事を見ていると、SNSはのうるさいアピールの筆頭として「ぼっちアピール」と「リア充アピール」という対極のものがあって、ぼっちもリア充もダメなのかーと思ったりしたから。自分も確かにあまり受け取って好きな類の情報じゃないなと。「Facebookなどに投稿される子供の写真に和まされる」という話はあって、確かに同意する部分もあるけれど、逆に子供が大きくなった時の意思を考慮して子供の写真は一切公開しないという趣旨の人もそこそこいて、色々あるなぁと思う次第です。私に子供がいるかとかはご想像にお任せします。

あと、自分の位置情報の公開には熱心ですが、同席している他人の位置情報には敏感になりますね。自分がどこにいるか知られたくない人が多いですから。誰々とここにいるという情報をツイートするときには、同席する人に聞くようにしています。一応そういうのには配慮しているつもりです。

交際ステータスや同席している人の位置情報といった話とも関連しますが、自分の情報公開ポリシーに他人を巻き込まないように配慮は必要だなと考えています。当然強制もしちゃいけない。写真を撮られるのが大好きな人も、全員が全員そうではないことを自覚して、他人と一緒に撮影するときには同意を得るとかそんな感じ。

まとめ

これからの少子高齢化社会、どんどん孤独が多くなってくると思います。そんな中で良い出会いを引き寄せていくためには、公開できる自分の情報は積極的に公開していくことで、思わぬ良い出会いがあるんじゃないか、そういうことをまず言いたかったのでした。

この記事は匿名主義である人に強制するものではありません。多様な意見が存在すること、そして参考にすべき意見がたくさんあることは良いことだと思います。様々な事情であまりおおっぴらに活動できないことをしている人もいるでしょうし、そういう人は適宜変名を使い分ければいいと思います。実名主義にも匿名主義にも良い部分悪い部分があると思います。そういうのが並列している世の中は決して悪いものじゃないでしょう。

あと、多くの人の多様な意見・まとまった論説を聞きたいというのはありますね。各自が自分の考えをオープンにしていくということ。そう、私のこんな些細な記事でも読んでくれる人は一人くらいはいるものです(多くの人になんて欲張らず、流し読みでも一人に読んでもらえれば十分じゃないですか)。昨今はTwitterなどのマイクロブログで発言が小出しになっていたりと、時代とともにネットに発言するハードルは低くなっているけど、まとまった量の文章を書くというブログ的文化は以前ほどではありません。Facebookなどでまとまった文章を書いても多くの人の目には触れず検索もできず流れていってしまってもったいない。今だからブログと気づいている人は少なからずいます。今や大手ブログサイトを訪問すればすぐに自分のブログが作れます。ブログを持っていない人も、ブログを書いて自分の意見を公開して、良い出会いを引き寄せてみませんか

夢を追いかけるということ

おがた (@xtetsuji) です。

最近は教育とか学習について考察していて、長文のブログ記事を書いていたんだけど全然まとまらないので、その途中で考えた軽いエッセーを書いてみます。

夢をかなえた人

これを書いている2014年7月30日は sweet ARMS という4人組声優ユニットの TRIGGER というCDの発売日なんですが、その一人の佐土原かおりさんがこのCDで夢をかなえたという話。

佐土原かおりさんは小学生の頃からTWO-MIXが好きで、TWO-MIXの永野椎菜さんに何度もデモテープを送ったりしていたという筋金入りのTWO-MIXファンだったそうですが、めでたくこのCDで永野椎菜さんに「Reboot Tactics」を作詞作曲してもらうことになりました。今日、帰宅途中にウェブラジオ「sweet ARMS放送局 ~RADIO THE TRIGGER~」(第3回目)を聴いていたら、そのことを嬉しそうに語っていました。本当に好きなんだということが伝わってくる。

以前から自身のTwitterでは「自分がTWO-MIXの楽曲を歌うなら?」といった質問もしていたので、当時から本気が伝わってきました。

それを聴いていて「やっぱり夢はかなうこともあるんだ」とか「かなうかなわない関わらず、何かに熱中してそれを追い求めることは大事なんだ」とか思ったりしました。もちろん、本人の才能もあるんでしょうが、佐土原かおりさんと永野椎菜さんの以下のブログ記事を読んで見ると、やっぱり努力や出会いって素晴らしいと改めて思わされます。

テレビを見ていれば「成功者」はたくさん映るけれど、こういうスケールで好きという感情がが駆り立てる成功例は、なんだか自分もできなくはないんじゃないかという、また違った夢や希望を感じさせてくれます。たんに自分が佐土原かおりさんを昔からウォッチしていて、数年越しにかなった夢に、本人のように喜んでいることもあるでしょう。

夢を追う人を理解しない日本

平成不況くらいからか、日本人は夢を見なくなっただけでなく、夢を追う人に対しても現実的な生き方を押し付けるようになったなと感じます。子供には夢や可能性を語るけれど、大人になったら途端に現実的で日々を生きるだけの人になってしまう。最近では子供ですら「将来の夢は公務員」とか言ったりする時代です(公務員が悪いと言っているわけではありません)。

身近な人に過剰な迷惑をかけないという前提ですが、大人になっても夢を追いかけ続けるっていうのは良いなって最近になって思います。冒頭の教育活動にも関連するし自分が年齢を重ねたということもありますが、年齢を重ねてからもプログラミングにチャレンジしようとする人を見ていたりして、そういう感想が強くなった感じがします。

例えば、40歳を過ぎてから医者を目指して医学部を受験しようとしだしても、アメリカでは周囲はとやかく言わないのが普通なのだそうです。これが日本だと、何を無謀なと言い出す人が多そうですよね。金銭面で他人に過剰な迷惑をかけるならまだしも、自分の蓄えた金で実行するのであれば何ら問題無い。だけど日本は年齢を重ねれば重ねるほど無難な方を選ぼうとする傾向にあるのだと思います。

今やインターネットやITの時代になって、外からのプログラミングやプログラマーへの興味関心が高まっているなと、教育系勉強会を通じて感じます。自分は職業プログラマーを10年ほどやっていますが、自分の職業が他の職種の人の夢や魅力となっていることは素直に嬉しいです。そういう人達が台頭して、私の立場を奪ってもらってもいいくらい。いや、困るかな。2020年には全ての職種がIT関連になるとも言われてる昨今、この流れは必然なのかもしれません。

昨今の日本の場合は、長時間労働で時間が無いことに加えて不況で金銭的な余裕が無いことも、夢が持てないというか、夢を追いかけられない理由なのかなと思います。せめてどちらかがあればもう片方を補えるのに、とすら思います。時は金なりですし、金は時でもあります。

趣味という観点も良いと思います。「二位じゃダメなんですか」という言葉は詭弁でしかありませんが、大人になってからも音楽や芸術やスポーツを嗜んでいる人は魅力的です。片手間でピアノを習ってもチャイコフスキーピアノコンクールで優勝できるわけでもないし、片手間でサッカーをやってもワールドカップに出られるわけではありませんが、それでも趣味を持つ事は良い。仕事人間が定年を迎えて人生の目標を失って転落してしまうという話は、特に高度経済成長期を抜けた頃ならよく聞いた話です。人生の幅は広げていきたいものです。

自分はというと、最近は金銭的にも時間的にも体力的にも余裕がなくて、趣味も課外学習もできていないなと、冒頭の佐土原かおりさんの話を振り返りながら考えさせられました。趣味として音楽やスポーツや絵画などに取り組んでいる周囲の人達を見習って、自分も何か趣味の広がり持たせたり、夢を追いかけたいと思いました。

社会人になってしばらくは仕事一筋というか仕事のことを考えるので精一杯だったのですが、2010年からのコミュニティ活動の開始や交友関係の広がりをキッカケに、ここ一年くらい趣味の充実は目下の課題となりました。ただ、時間・金銭・体力のどれも伴っておらず趣味の幅を広げられていなかったのが実情でした。しかしながら、これからはこの3つを作っていく事から始められたらいいなと思いました。

私の夢はなんだろう

時々思い出すフレーズに「夢は口に出すとかなう」というものがあります。実際、佐土原かおりさんがTwitterでTWO-MIX愛を語っていたりするのも、そうなんだなーと思わされました。もう若くない年齢とも言える私ですが、前述の通り今からでもやってやろうという意欲に満ちあふれています。金銭時間体力がついていかないだけ(言い訳か)。著名なプログラマーのあの方も言っていましたよ「何かをすることに遅すぎることはない」って。

子供の頃からの夢とかって言うと恥ずかしい部分もありますが、ここに書いて何かのキッカケがつかめるかもしれないので書いてみます。

最近では、海外で活躍することへの興味があります。中学時代から英語が全くダメなので、まずは英語力の向上から始める必要がありますが、何か糸口を見つけるために語学を磨いていきたいです。職業柄、英語の読み書きは若干できますが、細々とリスニングも始めています。とくに聞くこととしゃべることの英語勉強法が詳しい人がいたら、アドバイスいただけたらこれほど嬉しいことはありません。

職業プログラマーとして10年、コミュニティでのプログラミングを4年ほどしてきましたが、その経験を生かしてもっと人々が役に立ったと思ってもらえるものを作りたいです。また、プログラミング教育も推進して、私をきっかけにプログラミングを始めたという人が良いモノを作るという連鎖も作りたい。そこで自分の名前が表に出なくても良いけど、終身雇用制が瓦解した今、そういう活動がセルフブランディングとして多少役に立って人生を生きる役に立てばいいなとも感じます。

子供の頃からの夢といえば、科学者になりたかった。理科が本当に好きで小学生のころは元素の周期表や化学反応に夢中でした。その後中学時代に科学部に入って生物を勉強して、高校時代に化学部に入って化学に取り組み、高校時代後期はその後も交友が続く友人と大学レベルの物理学や数学に取り組んで大学は数学科に入って何年も数学に取り組んだものの、社会人になってからその経験があまり生きていないのが残念なところ。子供の頃の自分が今の自分を見たら、白衣を着て研究室にいない自分にガッカリしていたかもしれません。今からでも遅くない?

そして小学生のころからクラシック音楽が好きで、特にベートーヴェンやモーツァルトが大好きでした。ベートーヴェンのように作曲、特に交響曲で自己表現したかったし作曲家になりたかった。作曲は小学時代から高校時代まで取り組んでいましたが、ピアノが弾けなかったので和声の知識が乏しかった。楽理や作曲の書籍は読んでいたものの、やはりピアノが弾けないのはハンデでした。自分にとってのピアノは作曲のための手段でしかないですが、好きな曲が弾けたら生活が豊かになるだろうなぁって気持ちもあります。ピアノを習うことは今すぐにでも始めたいですが、ピアノを買うお金と置く場所が積年の課題です。とはいえ、今これを書いていて些細な問題だなと思ってきました。文章を書いて自分と対話することは大事。

というかここまで書いて気づきましたよ。2014年はゴーストライターに交響曲を書かせて問題になった作曲家や、コピペ論文で博士号を取って生物学を揺るがす大発見をしたと言った後に様々な研究不正が発覚して日本の科学への信頼を失墜させた科学者が話題をさらっていった年だったということを!

嘘や不正で名声を得るくらいなら、趣味の域でもいいので身近な人を感動させたり驚かせたりする作曲家や科学者に今からでもなってやるぜ!ここまで書いて自分の中でそういう結論になりました。交響曲HIROSHIMAやSTAP細胞が自分の気持ちを後押ししてくれるとは、思いもしませんでしたよ。

あなたの夢はなんですか?若くても年老いても、今からでも全く遅くはありません。もしよろしければ私にその夢を教えて下さい。私にも協力できることがあるかもしれません。

iPhoneでリリースされたドラクエ1とドラクエ2をプレイした

おがた (@xtetsuji) です。

スマートフォン版のドラゴンクエストポータルアプリが出て、最初にドラクエ1が無料で公開されて話題になりました。

話題になった時にダウンロードしてしばらく放置していたんですが、スマホ恒例のソーシャルゲームに疲れて、逆にストーリー性の高いRPGがやりたくなって、iPhoneでドラクエ1をプレイしてみました。ドラクエ1もテンポよくクリアできたんで、気分よくドラクエ2も500円で買ってプレイ。スクエニの作戦にハマった一人です。

スマホ版ドラゴンクエストの総じての感想と、携帯ゲームの今後の予想

操作がボタンじゃなくて、画面に出た十字キーをタッチするのは細かい動作が難しいです。懐かしい格闘ゲームもiPhoneで色々登場していますが、昇竜拳コマンドとかを入力するのも一苦労で、らくらくボタンみたいなのがあるくらいですし。私が超大好きな真サムのような、気が狂ったような格ゲー全盛期のようなコマンド入力とかiPhoneじゃほぼ無理。あれが物理ボタンより操作しやすいという人はいないでしょう。ドラクエも似たようなもの。特に塔などの細かい動作が求められるところで足を踏み外して落っこちるとか、2回くらいやりました。

ドラクエ1も2も国産RPG黎明期の作品なので、全盛期のファイナルファンタジーとかと比べると、それほどストーリー性が高いわけではないです。ただ、昨今のストーリーなんて皆無に等しいスマホのソーシャルゲームに比べたら、人々の会話などが新鮮でした。ゲームをプレイしているというよりも、堀井雄二さんが書いた物語を読んでいるという感覚。どちらかというとゲームというより小説や物語を読むことに近い

スマホのソーシャルゲームの代表格とも言える「パズドラ」とかも2年弱細々とやっていたんですが、最近忙しくなったのと、だいぶ飽きたことで最近は放置するようになってきました。以前から流行を追うために色々とスマホのソーシャルゲームの類をやっていたのですが、どれもそれほど長続きはしないんですよね。モンストとかは2ヶ月位やったら事実上詰んでしまって、面白さを感じなくなって休止中です。

自分の体験が一般化できるかどうかは分からないですが、スマホのソーシャルゲーム疲れというものは結構早く訪れるんじゃないかということ。クリアやエンディングの類が事実上なく、MMORPGのようなネトゲと同じ手法で延々とプレイさせ続けて強化アイテムに課金をさせ続け、実世界の人達とスコア比較されるというモデル自体への疲れ。一時はMobageかGREEかという二強が、ガンホー、コロプラ、mixiとめまぐるしく移り変わっていきましたが、今後はパイ自体が自然と小さくなって、ソーシャルゲーム業界の動きも今よりは注目されなくなるんじゃないかなと予想しています。ソーシャルゲーム業界へのネガティブな感情というのは無いのですが、流れ的にもっと適正な市場規模に落ち着いていくだろうなぁという予想。

そしてスマホで広がったり戻ってきたりしたゲーマー層の中で「ゲーム操作しづらいなら専用ゲーム機を買おう」という人が増えてNintendo 3DSやPS Vitaなどの携帯ゲーム機の復権といったものもあるかもしれない。事実、自分がプレイしたいゲームがたくさんラインナップされているPS Vitaが最近欲しいと思い始めました。逆にiPhoneでそれが出たとしても「操作しづらいんでしょう」ってなって、あまり食指が伸びないと思います。そこまでしてゲームをやりたいと思わないスマホユーザは、普段使っているLINEやFacebookから誘導された簡単なパズルゲームを時間つぶしにやって満足するという二極化になるんじゃないでしょうか。

私には中規模大規模なソーシャルゲームを作っている会社の知人は多いのですが、そこでのスキルは結構汎用的かつ高度なものなので、新たなブームが訪れた時にも経営判断さえ正しければエンジニア層ならスムーズに移行できるんじゃないかと思っています。これだけ根付いたスマホのソーシャルゲームが完全に無くなるわけではないですし、むしろ今スマホのソーシャルゲームを作っている人は最も活躍できる場所で働けているということで、うらやましい感じすらします。私が転職活動をしたときは、何故かスマホのソーシャルゲームをやっている会社からは非常にウケが悪くて悲しかった思い出があるくらいですから。

前置きが長くなってしまいましたが、以下ドラクエ1とドラクエ2、個々の感想です。

ドラクエ1の感想

iPhone版ドラクエ1最初の画面

ファミコン版オリジナル世代からは若干後の世代です。カセットを貸してもらったときはドラクエ3世代で、こんな主人公が前しか向いていないゲームできないよってなってオリジナル版はクリアしていません。後世になって前半をプレイしてみましたが、経験値もゴールドもたまるのが遅くて、途中で投げ出してしまった。

その後、スーパーファミコン版が出て、それはクリアしたのか記憶が曖昧。

ドコモのiアプリ版はクリアした気がしますが、それも記憶が曖昧。

今回、無料で配られたiPhone版のドラクエ1をプレイ。最初は物理ボタンじゃなくていらだちがありましたが、自分向けにボタン位置などをカスタマイズしていくと、比較的操作できるようになるのが不思議。格ゲーはツライけど、これならできるなという状態になったら、後は早かったです。

難易度もオリジナル版に比べて結構下がっている。6月30日にプレイしはじめて、帰宅後とかに自宅で細々とやっていただけだけど、7月7日にはクリアしました。だいたい1周間。

ドラクエ1はほぼ一本道だし、道行く人からヒントももらえるので、経験値とゴールドが貯まれば軽快に物語が楽しめました。

というか、ドムドーラが滅ぼされているのに、竜王の城のすぐ対岸のラダトームが無傷なの、どうしてなのか未だにわかりません。

ローラ姫助けたゆうべはお楽しみでしたね

ドラクエ2の感想

ドラクエ1をさっくりとクリアして、もうちょっとレトロRPGやりたいなーと思っていたら、ちょうどドラゴンクエストポータルアプリでドラクエ2がリリースされていて、500円だったけど買ってしまいました。

というか、500円買い切りという値付けは相当安い。以前ドコモiアプリの時は、500円継続課金とかだったはず。セーブデータを保持しておくだけで年間数千円必要なのです。それに比べたら500円払うだけでiPhoneユーザであり続ける限り、未来永劫セーブデータをポケットに入れておけるこの値付けは安いわけですよ。

ドラクエ1の余韻だけでなく、以下の記事を読んでいて興味があったこともあります。

ファミコン時代にオリジナル版は買いましたが、自分でレベル1からクリアはしなかったです。ゆうていみやおうきむこう…の有名なふっかつのじゅもんからやりました。あと、スーパーファミコン版もクリアしたはずなんですが記憶が曖昧。ドコモiアプリ版はクリアした記憶がうっすらとあります。

今回久々にプレイするわけですが、やはり経験値とゴールドはファミコン版より断然サクサクたまるなという印象。人によっては金稼ぎやレベル上げに苦労しないのはけしからんとなるんでしょうが、純粋に物語を楽しんでいきたい、空き時間に軽快に進めたいというのであれば、これくらいがちょうどいいのかもしれません。

ドラクエ2の場合、ドラクエ1と違って船を手に入れたら一本道要素はだいぶ減って進行の自由度が上がります。

ここからは若干ネタバレになるのですが、ルプガナで船を手に入れたら、東のラダトームに向かえという忠告を聞かずに、ザハンに行って金の鍵を手に入れて、そのままベルポイに向かって金の鍵でベルポイの街に入って牢屋の鍵と水門の鍵を手に入れた後で、それらを使って各地で強い武器防具の宝箱を開けていくと一気に強くなれるわけです。それで強い敵とも戦えて経験値やゴールドも一気にたくさんもらえて好循環になるというのは、実際にプレイした人や攻略サイトを見た人じゃないと分からないかもしれない。

上記の記事にあるような、以前プレイした世代がヌルいと感じるのは、そういう部分のコツといったものを知っているからというのもあるでしょう。

実際、自分もプレイしていて、そういうコツを知っていたから楽に進めた部分もあれば、すっかり忘れていてしばらく悩んだ箇所もいくつかありました。それでも現役世代は思い出せば進めるわけですが、オリジナル版から全くノーヒントな部分もあったりして、そういう部分を知らず攻略サイトも頼らなければ、初プレイで攻略サイトを見ない人にとっては最高難度のドラゴンクエストであることは変わらないような気もします。詳しくはWikipediaの解説を読んでみてください。ドラクエ1同様、攻略サイトは見ないようにしました。

実際、自分もロンダルキアの大地に登りついたあとすぐにブリザード3匹にあって、ザラキでいきなり2人殺されて大変な思いをしました。このあたりはオリジナル同様容赦無いし、いのちのいしやマホカンタが登場するのはドラクエ3から。とはいえ、王女がザオリクを覚えて、王子も王女も戦闘中にザオリクを使えるようになったのは、オリジナル版よりも後半の難易度が緩和する要素ですね。

7月9日にプレイ開始して、寝る前の空き時間とかにコツコツプレイしただけですが、7月15日にはクリアできました。

ラスボスを倒したあとで自分で各地を回って人の話を聞くのが、プレイヤーが自主的に体験するエンディングなのかもしれません。特にリメイク版ではストーリー上のフォローがされていているので感慨深いです。こういうしっかりとした終わりのあるゲームというの、最近体験することが少なくなってきたので、良いなぁと改めて思わされました。

まとめ

前述の通り、ストーリー性の高い全盛期のRPGに比べたらエンディングがそっけないなとかあるとは思いますが、それでもスマホのソーシャルゲームと違って町の人の会話はあたたかみがあるし、戦闘もダンジョンもそこそこ戦略的で、さすが当時人気を誇っただけあるゲームだという印象はあります。これでドラクエ1が無料、ドラクエ2も500円買い切りとは安い。

スクウェア・エニックスのまわしものではないですが、難易度調整もされていて手軽にできるし、気になる人はプレイしてみるといいんじゃないでしょうか。

ドラゴンクエストポータルアプリでは、2014年7月現在ドラクエ4とドラクエ8が登場していますが、とりあえずドラクエ1とドラクエ2をプレイした身としては、ロト3部作の最後であるドラクエ3をやりたいなという気分で、ドラクエ3待ち状態です。

Wiiの復刻版、買いそびれたし、ドラクエ3くらいであれば据え置き機でプレイする気分でもないので、どうしようか考え中です。一部プレミア価格には驚きますね。

以下がiPhone版アプリです。

ドラゴンクエスト ポータルアプリ
カテゴリ: ゲーム
現在の価格: 無料

Mishima.pm#1 に参加してきました #mishimapm

おがた (@xtetsuji) です。

タイトルの通りですが、2014年7月12日(土曜日)に静岡県三島市で行われた「Mishima.pm#1」に参加してきました。

他の参加者の方々のブログエントリより:

当日の発表順とスライドへのリンク:

静岡へ遠出、そして久々の新幹線

当日は中野駅から東京駅まで行って新幹線に乗ることにしました。中野駅周辺で朝に用事があったのと、Googleマップにそうサジェストされたから。数年ぶりの新幹線、乗り方すら分からない感じになっています。

モバイルSuicaで中野駅の改札をくぐってしまったので、東京駅で新幹線カウンターにいかないといけないというのも勉強になりました。東海道新幹線も三島駅もJR東日本ではなくJR東海の管轄なのでそういうことなんですね。そんなことも知らなくてアタフタしてしまいました。

新幹線の乗車券

新幹線の行き先表示

三島駅

無事、予定していた時間内に三島駅に到着できました。

静岡の風景に癒やされた

三島駅から会場まで、15分くらい歩くのですが、その間の光景は穏やかで、東京23区内のバタバタした雰囲気から解放された感覚に、心が落ち着くようでした。通勤時間が短いならこういうところに住んだほうが心穏やかになるだろうなぁ。

静岡は結構好きで、学生時代から社会人になってからも何回か来たことがあるのですが、来る食べに発見がありますね。横に長いので各地の特色もある。今回は勉強会メインで観光地巡りとかをする時間はありませんでしたが、また時間を取って来たいなと思わされました。

会場まで歩くので精一杯で、写真は撮っていませんでした。

会場到着から開会

20分ほど前に到着したら、既に @dokechin さんが会場設営をしていました。軽く挨拶。

開会から10分ほど、自己紹介タイムでした。10人。既に顔を知った人が多かったのですが、@dokechin さんに呼ばれて参加した地元の方や、群馬からやってきたという方もいて、参加者の多様性は良い感じでした。

@yusukebe さんのトーク「とある Perl Monger の働き方」

今回、JPA講師派遣制度を利用してやってきたゆーすけべーさん (@yusukebe) こと和田裕介さんが、トップバッターで1時間トークでした。色々なテーマがあがったのですが、@dokechin さんのリクエストがあったようで、ビジネス面にフォーカスした話になりました。ゆったりめで、いつもゆっくり聞けないけど、起業から今に至るまでの話から、そこから得られた考え方などを語られていました。詳細は公開されているスライドを見るとわかるかと思いますが、色々と示唆に富んでいて面白いトークでした。

とあるPerl Mongerの働き方

確かにPerlで働きたいと思っても間口はそれほど広くはない、だけど今もCGIで…なんてところは、表に出てこないだけで大量にあるわけで、そういうところのコンサルタントみたいなところに食い込んだりして自ら仕事を作って、そしてそういう部分をどんどんモダンに改善していくというのも良い活動だよなぁって思わされました。

非同期の話題が多かった今回のトーク

@yusukebe さんのトークのあとは、休憩を挟んで各人のトークとなります。詳細は上記のトーク一覧を参照ください。

特に際立っていたのは、非同期関連のトークが多かったこと。

とはいえ、私もトークする人の一人で、何を話そうかと思っていたのですが、@dokechin さんが自身のブログ等でも非同期関連に興味を持たれていて、今回もその話をするらしいとうことを知って、それにぶつける形でマルチタスクの基礎といった話をしてみました。後でトークを聞いてみたら、どうも先日のPerlBeginnersで私がトークした「そのsleep、ちょっと待った!」が発端だったようで、色々つながっているなぁと思わされました。

私の場合、最近は仕事に忙殺されていて、プライベートであまり新ネタがないというのもあったりしたのと、Perlをあまり知らない人も参加されるらしいということで、forkなどの古典的なマルチタスク処理から解説した基礎的な話を入れてもいいかなと思ったのもありました。@__papix__さんなどの他の人のトーク内容を見ても「これは非同期関連の話を入れてくるなぁ」とは思っていました。期せずして裏テーマが「非同期」になったのは、@dokechinさん的にもよかったんじゃないかなと勝手に思っています。Mojo::IOLoop、以前から存在は知っていましたが、私も今度Mojoliciousでコードを書いた時に使ってみたいと思いました。

私のトークの後がLTタイムだったのですが、全体的に時間が押していたのと、会場が17時までだったこともあって、LTはナシで撤収となりました。自分の発表、ちょうど20分にまとめたんですが、もっと巻けば良かったかもしれません。

懇親会

懇親会は駅近くの「大衆居酒屋 凸凹」というところでした。

大衆居酒屋凸凹

急遽、懇親会の参加人数が増えて、6人席に9人座ることになったのですが、やればなんとかなるもので、それほど窮屈さもなく座ることができました。

まだ空が明るい17時過ぎから乾杯。三島の大衆居酒屋凸凹で乾杯

飲み放題の値段も静岡価格なのか結構安くて、飲んで食べて3000円でした。

プログラムの話やらYAPCの話やら、Perlの話を中心に話が弾んで、とても良い懇親会でした。

途中で、LTができなかった@mackee_wさんと@ytnobodyさんがMacをかかげて居酒屋LT。写真は@mackee_wさんこと、まこぴーさん。

まこぴーさんの居酒屋LT in 三島

氏のトークもAnyEventで、やっぱり非同期キタ!って思いました。以前から様々なプログラム言語を操る若手のホープでしたが、最近はGolangで書いた自作ツールで非同期をPerlから追いだそうという話でした。某人気アプリのクローンの今後にも期待です。

@ytnobodyことあずまさんのトークも、QRコードというガラケー時代を生き抜いた人にとって興味深いコミュニケーションツールをいかに綺麗に生成するかといったトークがとても興味を引いていました。QRコードという題材ひとつでもここまで掘り起こせるのはあずまさんならではといった感じでした。

あいかわらず @__papix__ さんが @yusukebe さんに愛されていて、写真を撮られたり仲睦まじい感じに和みました。@__papix__ 氏、Perl入学式の校長などで活躍中ですが、年長者から愛される力もあって羨ましい限りです。

その後

飲み放題の時間制限や、店が混雑していたことから、20時ごろにお開き。

一部の人達は、途中で温泉に入っていこうと盛り上がっていて実際に向かったようなのですが、私は疲れに疲れてしまっていて、湯あたりとかしそうだなと思ったので、まっすぐ帰ることにしました。駅まで歩いて行くなかで、お祭りの予行演習なのか和楽器を鳴らしている集団をいくつか見かけたり、良い風情に気分が良くなりました。

電車の待ち時間が結構あったので、改札前で @dokechin さん達と立ち話。よい #1 になりましたね、五反田でまた飲みましょうね、三島いいですよね、通勤なければ住みたいですとか、そんな話をしていました。

三島駅、ギリギリJR東海エリアなので、東京へ向かうときはSuicaでくぐっちゃダメなんです。うっかりそれをしそうになって、慌てて窓口でチケットを買いました。

三島→東京山手線内

行きの新幹線とは違い、2時間東海道線に揺られながら、疲れ果てて品川駅までほとんど眠っていました。でも充実した一日だった〜。

まとめ

2013年12月11日のMishima.pm#0には行けませんでしたが(詳細は私のスライドの冒頭を参照してください)、今回は無事行けました。本当、行けてよかったと心から思えました。また数カ月後に行われることを期待して、次回も時間を空けてぜひ行きたいと思いました。今度はもっとゆっくりと旅程を組んで、観光っぽいことも含めて三島を堪能できればいいな。

Yokohama.pm#11 に参加してきました #yokohamapm

おがた (@xtetsuji) です。

2014年5月25日(日曜日)に横浜で行われたPerlの勉強会「Yokohama.pm#11」に参加してきました。

ブログを書くのが6月末と遅くなってしまったのですが、今回のイベントは有意義だたので、多少遅れても記録として書いておきたいなと思った次第です。あとYokohama.pmと自分との振り返りも書いてみたくなったこともあります。

Yokohama.pmについてと、直近のYokohama.pmについて

Yokohama.pmはよくあるPerlの集まりである「地域.pm」の一つなのですが、以前は年一回くらいしか勉強会が開催できていませんでした。直近といえる数年間を列挙すると以下の様な感じ。

  • #7 2011年05月13日
  • #8 2011年11月18日
  • #9 2012年10月19日
  • #10 2014年02月21日
  • #11 2014年05月25日

#10 開催前に、主催側で「年一回も開けていない状況が続いているから、運営体制を変えてやっていこう」というやりとりがあったらしく、@yusukebe さんがリーダー、@mackee_w さんが副リーダーとして、3ヶ月おきくらいに開催していこうという流れになったようです。

私のYokohama.pmとの出会いは #8 を Ustream で観て、こりゃ勉強になると思ったのがきっかけだったようです。

そして実際に #9 に行きました。

#9 について書いた自分のブログ記事は無いようです。

そういえば #9 で、高校時代の後輩である @acidlemon 氏と再会したんでした。あの時は本当に驚きの出会いの場でしたね。向こうはこちらをTwitterでフォローしていて私がここにいるということを知っていたようですが、私のほうは全然知らなかったのでした。

そして #10 はプロントでのビール片手のオシャレ開催。#10 は本当に良い会場で、オシャレカフェが好きな自分にとって、ビールやピザなどの食べ物飲み物も振る舞われるという快適空間でした。感想エントリを書いていたので、そちらをご参照ください。

そして今回の #11。だいたい #10 から #11 は3ヶ月の間隔で、ちょうどよい間隔での開催が軌道に乗り始めた感があります。

2013年11月29日には「Yokohama.pm – 2013年ちょっと早い忘年会」という飲み会が催されたらしいのですが、私は当日は PerlBeginners#11 のほうに行っていたようです。

日曜日の勉強会という形式

今までは平日夜であったり土曜日夜という開催でしたが、今回のYokohama.pm#11はIT系勉強会があまり狙わない日曜日の夜というところを狙ってきました。これも主催者側の意図らしく、「平日夜が良いという人もいれば都合が悪い人もいる。そしてその逆もいる。参加者層を日曜開催ということで変えてみたかった」とのことでした。

今回のYokohama.pm#11のざっくりとしたタイムテーブル

本当にざっくりとしていて

  • 前半は @songumu さんによる1時間のライブコーディング
  • 後半は事前応募なしの会場挙手制のLT

という感じでした。

会場到着から開始まで

私は新江古田駅近く在住なのですが、横浜までは一度練馬駅まで行って、そこから副都心線と東急に乗り入れる電車に乗ると一本なのです。本当に副都心線で楽になりました。昨年のYAPC::Asia Tokyo 2013の会場も日吉駅近くの慶應義塾日吉キャンパスだったので、この電車が非常に便利でした。

練馬駅から横浜駅まで一本練馬駅にて。

18時に開始だと思っていたので急いで行ったものの、18時は開場で、開演は18時30分からなのでした。17時58分くらいに会場のビルに行って、会議室の入口で鍵が開いていないぞとかやっていました。一度一階に降りたら顔なじみの開催者のみなさんがやってきて、あぁそういうことかって思った次第です。

前半のライブコーディング

ライブコーディングというのは、その名の通り生(ライブ)でコーディングをしていくこと。音楽でいうところの即興演奏に近いものがあるでしょうか。普段は出来た完成形を発表しているプログラマですが、作る最中というものはどういうものなのかという興味もあって、時間が割ける場所では時々行われる催しです。今回はつい先日FA宣言をした @songmu さんがライブコーディングを行いました。

最初は「1時間ではCPANモジュールを作って上げるところまでいけない」とのことだったのですが、そこは@songmuさんの力で、Acme::BeerSushiをフルスクラッチから書くところから、CPANへアップするところまで、1時間で乗り切ったのはすごかったです。

今回書いたモジュールはビールと寿司の絵文字2つだけでプログラミングが書けるという、いわゆるBrainfuck系のお遊び言語を作るというものでした。本人曰く「これだけCPANモジュールをアップしていて、まだAcmeモジュールを作っていなかった」とのこと。今回、それが果たされる形になりました。

非実用的なモジュールではありますが、開発の流れ自体はテストからコーディングから公開まで、非常に参考になるものばかりでした。第一線の開発者によるノウハウがライブで映しだされて観られる機会って早々無いので、会場も食い入る様に見ていました。

私も流れるような操作を理解するのに一所懸命であまりメモを取っていません。録画があって後日公開されるらしいので、それに期待しましょう。

後半のその場募集のLT

メモとっていませんでした。

ライブコーディング同様、動画を撮っていたっぽかったので、それを期待しましょう。

懇親会

近所の居酒屋でした。

一部、横浜の家系ラーメンに行ってしまって30分くらい待っても帰ってこなかったので、もうこないのかってなっていました。

テーブルが2つに分かれていて、奥のテーブルで頼んだ注文も全部前のテーブルに吸い取られる事件が発生して、自分を含めて奥のテーブルの人達はお通しと最初の飲み物以外何も来ないという怪奇現象に悩まされました。奥のテーブルで腹減った状態が1時間位続いていて、これなら家系ラーメン食べに行けばよかったと思ったくらい。

ここはエンジニアの面白いところで、タッチパネル式注文機がテーブルを特定しているのかということを解析にかかります。実際のところ「テーブルは区別できる」という結論に至ったわけですが、それでもまだ前のテーブルに注文を無造作に持ってくる店員を大声で読んで「この状況をみて何かおかしいと思わない?」ってつい店員に強い口調で聞いてしまいました。怒ったわけじゃないけど、数年ぶりに店員に苦情言った。空腹は精神の平穏を乱してしまってダメですね。

その後、料理もちゃんと前と奥のテーブルできちんと区別されて配膳されはじめて(やっぱり区別できるじゃん!)ようやく奥のテーブルにも平安が戻ったところで、家系ラーメンに行った人が戻ってきました。どうも相当な時間並んで、さらに相当な時間注文で待たされたらしい。奥のテーブルで起こっていた珍事を知らない人たちが、飲み物を注文し、ようやく到着した食べ物を食べるという平和な光景でした。世界を良くしていくためには誰かが何か行動しないといけないし、後世の人は知らず知らずのうちにその恩恵を受けているという縮図的なものを見た感じでした。

話も弾んで、23時過ぎに店を出て各自帰宅となりました。

まとめ

日曜日の夜開催という点、主催者側の「平日夜や土曜夜という参加者層を変えたい」という狙いは大いに当たったと言えるものでした。

ただ、個人的に日曜日の夜だと月曜日が厳しい…。横浜近郊に住んでいれば良いのですが…。その辺は無理せず、参加できるときに参加するというスタイルがいいかなと思いました。

#8 でUstreamを見て行きたいと思った勉強会。今回も生放送ではないですが録画は後日公開される予定らしいので、行けなかった方はそれを待ちましょう。きっとエキサイティングなトークの数々が見られるはずです。

Hachioji.pm#41 に参加してきました #hachiojipm

おがた (@xtetsuji) です。

2014年6月21日に行われたHachioji.pm#41に参加してきました。

私のATNDのイベント参加ページを見てみると最近はHachioji.pm結構常連なんですが、あまりレポートらしいレポートを書いていなかったので、今回からは短くても書こうと思いました。他の勉強会のブログ記事でもそうなんですが、すぐ書かないともう書かないという法則もあるので、すばやく書く人を見習っていきます。あ、あと、思い出せたら#40以前も振り返りたいと思います。

とりあえず、お約束の居酒屋LTでトークした資料をアップしました。今回のテーマが「セッション」だったので、先日開催したガラケーイベントの余韻が冷めていなかったこともあって、ガラケー時代のセッションの昔話をしてきました。

18時開催なんですが、いつもHachioji.pmが行われる土曜日は慌ただしかったり疲れていたりで、遅刻の常連なんですよね。今回は前日金曜日に朝まで飲んでいたこともあって、起きたら17時で現地到着が20時30分くらいでした。私のために主催の@uzullaさんがLT開始を待っていてくれていたりと、お気遣いさせてしまいました。今度は18時から参加できるようにします。

内容としては、Hachioji.pm自体がゆるい会なので、飲み屋でお酒を飲みながら最近のトレンドを話たりする感じです。今回もそう。Yoというアプリが流行っていたので、なんか参加していない人にHachioji.pm参加者達でよってたかって投稿したりしていました。

私のYoアカウント名はxtetsujiです。でもこのアプリもClick Clickerくらいの鮮度なのかなとか思ったり思わなかったり。こういう流行りものは出てすぐに飛びついて一瞬楽しんだもの勝ちなのかもと最近は思います。

他の方々の参加ブログ記事も参考になります。

GoやDartやGroovyなど、GoogleやAndroid周辺言語が話題でした。Goはとにかく有用性が理解されて次のフェーズに進んでいるし、Android界隈でも開発効率などでGroovyを採用したり、Kotlinと言ってみたり、Google自体もJavaリスク(というかOracleリスク)を避けたいという思いもあるんじゃないかという仮説が立てられたりと盛り上がりました。世間の盛り上がりの割には、Swiftはキーワードとしてチラッと出ただけで特に話題にも上がらなかった感じ。

今回は、@__papix__ 氏が @uzulla さんとGotanda.pmの懇親会の流れからの再度の老害vs若者のプロレスをして(というか巻き込まれて)、無理やり「老害滅ぼしてこ」とか言いながらポーズを取らされたりして撮影会になっていたのがハイライトでした。ちょうど23時近くなって帰ろうとしていたころの出来事。本当に楽しい。

若い人が活躍するこの業界では、mod_rewriteやガラケーの話をしている私も老害なのかもしれませんが、それでも害にならない年長者としてこれからも若い人を支援していきたいですね。なんというか自分が老害になったら、いっそのこと若い人に滅ぼして欲しいくらいです。

若い人といえば、ついにWEB+DB PRESS Vol.81(2014年6月24日発売)で商業誌デビューした@moznion氏も元気そうでなによりでした。今号も面白い連載が目白押しっぽいです。

私のトークの中で「mod_rewriteを使ってディレクトリに見せかけた左側セッションを環境変数に入れる」という古風な手法を紹介したものの、これには決定的にまずい点があったのですが、時間や面倒だったりで省いたので、ここで補足。

環境変数に入れたセッションIDは、環境変数なわけでプロセス単位で保持されるわけです。あの単純なmod_rewriteだけだと、そのままpreforkしたプロセスが次のリクエストを処理した時にURLにセッションがない匿名アクセスだと、環境変数にセットした値が上書きされることもなく消されることもないので、ダメなんですよね。匿名アクセスは無くて全部に対してセッションを配るという実装だったり、もうちょっとmod_rewriteを工夫して左側セッションがない場合に当該環境変数をカラにするという設計であれば大丈夫です。

本来であればリクエスト単位で保持すべきデータはApache noteを使えという話になるのですが、PHP(mod_php)であればapache_note関数で読めるけどPHPならビルトインのセッションを使うよってなるし、CGIであればnoteを読む方法がたぶんないので、結局環境変数に頼る感じだったんですよね、2006年頃のPerl CGI期では(PSGIとPlackは2009年登場です)。自分の場合は、mod_perlで高速化していたPerl CGIのエミュレート環境(Apache1.3だとApache::Registry)だったので、2008年くらいの案件では自分のしていることを理解した上で、$cgi->r->notes->get(‘session’) とかやっていました($cgiはCGIのインスタンス)。

あと、同じApacheでVirtualHostを切るなりして違うサイトとか管理ページでも同じセッションの枠組みを利用している時に色々と混濁してしまう点にも注意しなきゃならなかったりします。一度それで痛い目を見たなと後で思い出しました。2014年にもなってこの仕組みを使う人はあまりいないとは思いますが、この場で補足しておきました。満足。

Hachioji.pmは面白いし気軽だし、@uzullaさんのPHPを始めとした豊富な経験が聞けたりと、非常にお得な「エンジニアのオフ会」なので、中央線沿線に住んでいるエンジニアの人は土曜日暇であればぜひオススメしたいです。次回も予定が空いていれば参加します。