おがた (@xtetsuji) です。
私はコミュニティ活動を活発にしだした2011年以降、自分に関する結構な情報をネット上でオープンにしています。自分のドメインでポータルサイトも作って、ここを見ればだいたいどんな人かわかるようにしているといった感じ。
日本のネット文化って昔から匿名主義だったりするので、自分が実名主義だからそういう感想を持つのかもしれませんが、なかなか多くの人が自分の情報をオープンにしないことは残念な気もします。もともと日本古来から、実名を呼ぶことは失礼(偉い人を役職で呼んだりするとか)だという文化があって、変名を多用することもあるのかもしれません。
そういう意味でFacebookが根付かせた実名主義SNSは凄いなと思うのですが、正直自分自身がFacebookの社交的ノリについていけないので、評価半分・忌避半分といったところです。
情報をオープンにするメリット
実名主義を敬遠したりする人にとって、情報をオープンにするメリットってなんでしょうか。
今の時代、終身雇用制も瓦解して自分のスキルをオープンにしていくことが求められています。私の職種であるプログラマーでも、オープンソース・ソフトウェアを開発したりしてそのスキルを間接的にでもアピールしていくことで、役立つことがあったりします。
そういう職種でない人にとっても、現在はプレゼンテーションスキルであったり交友関係といったものはどの職種でも重要で、この時代に大人として生きていくために持っておきたいものです。そのためにも、自分についての情報を一部でもオープンにすることは、多くの人に自分を理解してもらう、良いきっかけではないかと思います。
これから少子高齢化で孤独社会が来ると言われてもいます。同窓会など、一度は疎遠になってしまった人が私を探したいとか偶発的に私の情報にたどりついたとかで、再度親交が温まったケースは何度もあります。初期のmixiとか今のFacebookではその傾向が強いです。ひとまず、来年始めに同窓会をやりたいと考えているので、今年になって数人の中学時代の同級生とつながれたことは結構嬉しいですね。これもひとえに自分の情報を公開しているからです。
オープンにしたいと私が考えている情報
これは私の考えなのですが、オープンにしたほうがいいなという情報です。
まず名前はとりあえず公開といった感じ。世の中同姓同名はほぼ必ずいるので、特に同姓同名が多そうな名前の人は、検索エンジン向けに固有のハンドルネームも一緒にあるとよいです。イベントなどで会ったときの印象も違うと思います。ちょっと恥ずかしいハンドルネームの場合は、恥ずかしくないハンドルネームをとっておくと良いんじゃないでしょうか。Twitterのアカウント名(スクリーンネーム)は一意なもので、2014年現在のハンドル名は多くの場所でTwitterのものがソレといった感じなので、Twitterのアカウント名がハンドルネームと対応していると良いと思います。
しかしながら、私の名前ってどの姓名判断でもズタボロの超ヒドイ結果でして、姓名判断というものの存在自体が「名前ハラスメント」になっているんで、言わないところでは言わないようにしています。色々な事情で本名が言えないとか言いづらい人もいるので、そういう場合はハンドルネームも含めた変名があるといいんじゃないかなと思います。ペンネームみたいな感じで。要は多くの人が自分自身を特定できるのが目的なので。
私はFoursquareなどの位置情報が大好きで、自分の位置情報を公開することにも結構熱心な人です。位置情報は結構なプライバシー情報で、人によっては公開すべきではない人もいるとは思います。特に女性とか著名人とかアイドルとか。でもまぁ私の場合は一般人で、公開しない機会損失よりも、公開したときの偶発的な出会いや助けを大事にしたいと考えています。前の職場では、会社帰りに近所で食事をしていたらFoursquareからTwitterにフィードした情報を手がかりに後輩が来てくれたり、近くにいるFoursquare仲間が会って飲まないかと言ってくれたり、人生を豊かにする偶発的な出会いに役だっています。嫌いな人や苦手な人が寄ってこないかって?日々の過ごし方にもよりますが、普段から八方美人でない限り、あんまりそういう人が寄ってくるっていうことは無いとは言わないまでも稀かなぁという気はします。人にもよるとは思うんですが、そういう思いって無意識に伝搬しますからね。
よく言われる位置情報公開のデメリットは「自宅にいないことがバレたら泥棒に入られる」といったものがあります。ただ、たいてい一日のそこそこの時間は自宅にいない時間だし、近所の人と日々仲良くしたりといった別の方法で泥棒対策をしたほうがいいというのは最近思うところです。もちろん治安の悪化は不安ではありますが、治安を良くしたり治安の良い場所を選ぶことも大切なのかなと思います。ここには決定打はありません。
位置情報が空間情報であれば、時間情報は予定にあたるかもしれません。差し支えない予定であれば公開してしまうのもおすすめです。これはITエンジニアだと結構飲み会などもオープンにATND等のイベントサイトにページを立てたりしているんですが、これもポジティブな偶発的な出会いを求めていることになるんじゃないでしょうか。誰か特定の人を誘うのは心理的障壁はあっても、予定を公開しておいて「これに行きたい人は参加表明してね」っていうのは、ぼっちにとってはライフチェンジングな手法だなと思いました。
大まかな出身地と居住地を公開しておくと話が弾みます。「どこ出身?」から始まる飲み会で盛り上がることは多いですし、実際に会ったことがなくてもネット上でどこ出身かがわかると、そこから広がる話も多いなと感じます。もちろん、上記の位置情報のように、住んでいた・住んでいる場所を話すと差し支えがあるという人や場合も当然あるとは思います。
何らかの連絡ができるメールアドレスはひとつ公開しておくと良いと思います。SPAMが心配であればGmailもある時代ですし、それ専用のメールアドレスを作ることは今では難しいことでもありません。そこから何か良い話が転がり込んでくる可能性もゼロではありません。当然ながら、電話番号やケータイアドレスやLINEなどのIMアカウントは、段階に応じてって感じで、一般公開ってものでもないでしょう。SPAM的対策のしようもないし、キャッチセールスや悪意のある人間に知られた時に逃げ場がない(逃げるコストが高い)。
趣味や特技は公開しておいてよかったと思うことが多いです。最近はSNS全盛、せいぜいブログで、一般のウェブサイトを持っている人は少なくなりましたが、ブログの固定ページででも自分の趣味や特技を列挙しておくと、何か良い出会いが生まれると思います。いわゆる「プロフ」サイトで作ってしまうのも一つの手でしょう。同じ趣味で意気投合して何か新しい体験ができたり、自分の趣味を知っている人が何かのキッカケでそれに関連したグッズをプレゼントしてくれたり、振り返ると良いことが多かったです。下心があるわけではないのですが、相手側も同じ趣味の人と出会える事は嬉しいはず。私の事を職業プログラマーだと思っている人が、実は路線バス好きだという私のもう一つの側面を知れば、良い情報を提供してくれたりといったこともあるかもしれませんし、実際そういうことは結構あります。すごく嬉しいです。ただ、「ロリコンです」とか、言ってドン引かれる趣味や特技もあるので、そのあたりの公開・非公開は各自の判断でお願いします。私は黒髪美女のお姉さん系が好きです。
特に公開しないとしても、大人になってよく聞かれる質問や選択肢には、あらかじめ自分なりの答えを持っておいたほうが便利です。「猫派?犬派?」といった些細なものから「座右の銘は?」など。
趣味や仕事に近い部分でもありますが、自分の作った成果物は公開しておくのがおすすめです。プログラマーであれば自分のプログラム、デザイナーであれば自分の描いた絵などですね。幸いに、今ではGitHubであるとかPixivであるとかニコニコ動画やYouTubeであるとか、そういうものを公開する場は潤沢にあるので、そういうのを利用しない点はありません。もちろん転職などの時に有利に働く可能性があることもあるでしょうけれど、思わぬ人との出会いにもつながるかもしれないところが楽しいところです。
オープンにすべきかどうか状況が分かれる情報
学歴とか職歴は難しいなと思っています。就職のご縁など、これがキッカケで良縁があることも大いにあるのですが、人によっては学歴自慢に映ることもあるかもしれない。ネタとして使えるところでは使いますけれど、私の場合は基本的にはあまり全容は言わないことが多いです。前職情報とかも、どこの会社でもあるはずだけどネガティブ系の話題になったり守秘義務に抵触したら嫌だなと思って、話すときは言葉を選びながら話すようにはしています。昔よりは自分も大人になったかも。
あと病歴とか病気になったという情報も難しい。公開してもメリットになることは少ないばかりか、どうしても偏見やハンディキャップにつながったりする情報でもあるので、戦略的に公開しないほうがいい場合が結構あったりします。ただ、差し支えない持病を周知しておくことで周囲に配慮してもらえる部分もあるかなとは思います。呼吸器が弱いとか喘息持ちだと言っておけば、空気の汚いところには連れ出されないでしょう。私はタバコが本当に本当に苦手です。
私も2013年12月に胃潰瘍で緊急入院したときも、公開した時の諸々のリスクを考えた上で、自分には東京で頼れる親類もおらず意識を失う寸前だったことや直近で助けが必要だったこともあり、総合的に判断してTwitterで情報を流すことにしました。センシティブな位置情報を公開することも含めて、これは床上安静になってから1時間くらい真剣に悩んだんですが、結果様々な人に助けてもらって本当に助けられて感謝することになったし、その反面多くの人に心配をかけてしまったなという反省もありました。
血液型は面倒。血液型占いや血液型性格といった科学的根拠の無い差別に会う人もいるんじゃないでしょうか。特にB型の人とか可哀想。ただ、外科系で緊急入院した時にほぼ必要な情報なので周知しておくと役に立ちます、というのは緊急入院したことのある私の意見。まぁ、最近は病院でも採血したら即効で血液型がわかるようです。
位置情報の公開が大好きと上に書きましたが、居住地の住所まで公開するのはどうかなと考える日々です。前述の通り、電話番号やキャリアアドレスやIMアカウントは逃げ場がない系なのですが、居住地バレも逃げ場がない系。厳密に言うと逃げなきゃならない時に引っ越しコストが高すぎる。あんまり偶発的な出会いにも役立たないし、変な勧誘がくるとかのデメリットのほうがはるかに多い。ただ、私の場合は知人がネット上で住所を調べられるようにはしています。突然来られても自宅には入れない(というか片付けていないから入れられないだけ)ですが。
食事情報の公開も良し悪し。「うまいもの食べてるねぇ」って言われて嬉しいこともあれば、「野菜食べてないんじゃない?」とか心配されることも嬉しい範疇としても、「うまいものを食べているリア充アピールですか?」みたいな取られ方をする場合もあるようで、難しいなぁと思っています。自分の場合は単にライフログが大好きで、食事もライフログの一環として記録しているのを単にネットに公開しているだけなのですが、最近は公開すべきもの・そうでないものを分けようかなと思っています。
よくあるのは政治観や宗教観。日本人の特徴なのかなと思うのですが、互いに思想の違う人だと判明すると分かり合えないみたいなのがあって、そういうのは良くないなぁとは思いつつ、話題に出すと面倒なのがこれ。嘘でも「政治に興味はありません」「無宗教です」って言ってしまうのが一番簡単ですが、政治に感心がない大人ってどうなのって思うし、宗教が人を豊かにする側面もあるとは思う。もちろん選挙演説がうるさいってのもあるし、カルト宗教団体に軟禁されて大変な目にあったこともあるけど(本当です)、言うかどうかは別としてそれでも自分の思想は持っておきたいです。
顔写真。プライバシーとか肖像権を問題にする人も多いとは思いますが、私はそれ云々以前に単に昔から写真が嫌いだっただけ。写真写りが悪いというか元の素材が悪いので…。これからでも良くする努力をしていかなきゃとは思っているのですが、なかなか難しい。ただ、カンファレンスや勉強会のトークで撮影が入ったり、取材等で写真撮影があるときには快諾するようにしています。素材の悪さを嘆いても仕方がないので。それよりも人生を通したセルフブランディングのほうが大事だろうと。
あと最近思うのは、写真は撮られ続けると本人も写り方が分かってくるのか見る方が見慣れるのか、味が出てくるということ。毎日 @__papix__ さんの写真集Tumblrであるpapicsを見ていると、味が出てきます。彼の写真はフリー素材だそうです。すごい。
秘密にしておきたいと私が考えている情報
これも私の考え。多くの人が日々おおっぴらに公開しているものでも、自分なりに秘密にしておきたいというものもあります。だからといって、これらを公開している人を批判しているわけではなく、あくまで私個人的な考えで誰かに強制するものではありません。多様な意見があることって良いことじゃありませんか?
意外かも思われるかもしれませんが、私は生年月日を秘密にしたい人です。なぜって、サポートセンターとかに電話をして個人認証の最後の砦として生年月日を聞かれることが多いから。もちろん、金融機関もそれはダメって啓発活動をしているくらいなので、今どき生年月日の8桁か4桁の数字をパスワードや暗証番号ににしている人っていないだろうけれど、個人的に何か抵抗があるのが生年月日の公開。なのである程度信用した人か、何かの登録に必要でその登録先がそれなりに信用たる場合以外は生年月日は言わないようにしています。あと、あんまり年齢を知られて嬉しい歳でもなくなってしまいましたからね。
なので誕生日アピールを必然的にしないので、誕生日を祝ってくれる人がいないという寂しい問題にぶち当たります。それを解決するのが、誕生日は休暇を取って親類と一緒にいるようにする。それがだいたい例年の過ごし方になっています (が、今年は休めそうにないのでかなり落ち込んでいます…)。
それと交際ステータスは秘密にしたいと考えています。要するに、彼女がいるかいないか、結婚しているかしていないのか、離婚歴はあるのか、子供はいるのか、といった感じ。ネットの記事を見ていると、SNSはのうるさいアピールの筆頭として「ぼっちアピール」と「リア充アピール」という対極のものがあって、ぼっちもリア充もダメなのかーと思ったりしたから。自分も確かにあまり受け取って好きな類の情報じゃないなと。「Facebookなどに投稿される子供の写真に和まされる」という話はあって、確かに同意する部分もあるけれど、逆に子供が大きくなった時の意思を考慮して子供の写真は一切公開しないという趣旨の人もそこそこいて、色々あるなぁと思う次第です。私に子供がいるかとかはご想像にお任せします。
あと、自分の位置情報の公開には熱心ですが、同席している他人の位置情報には敏感になりますね。自分がどこにいるか知られたくない人が多いですから。誰々とここにいるという情報をツイートするときには、同席する人に聞くようにしています。一応そういうのには配慮しているつもりです。
交際ステータスや同席している人の位置情報といった話とも関連しますが、自分の情報公開ポリシーに他人を巻き込まないように配慮は必要だなと考えています。当然強制もしちゃいけない。写真を撮られるのが大好きな人も、全員が全員そうではないことを自覚して、他人と一緒に撮影するときには同意を得るとかそんな感じ。
まとめ
これからの少子高齢化社会、どんどん孤独が多くなってくると思います。そんな中で良い出会いを引き寄せていくためには、公開できる自分の情報は積極的に公開していくことで、思わぬ良い出会いがあるんじゃないか、そういうことをまず言いたかったのでした。
この記事は匿名主義である人に強制するものではありません。多様な意見が存在すること、そして参考にすべき意見がたくさんあることは良いことだと思います。様々な事情であまりおおっぴらに活動できないことをしている人もいるでしょうし、そういう人は適宜変名を使い分ければいいと思います。実名主義にも匿名主義にも良い部分悪い部分があると思います。そういうのが並列している世の中は決して悪いものじゃないでしょう。
あと、多くの人の多様な意見・まとまった論説を聞きたいというのはありますね。各自が自分の考えをオープンにしていくということ。そう、私のこんな些細な記事でも読んでくれる人は一人くらいはいるものです(多くの人になんて欲張らず、流し読みでも一人に読んでもらえれば十分じゃないですか)。昨今はTwitterなどのマイクロブログで発言が小出しになっていたりと、時代とともにネットに発言するハードルは低くなっているけど、まとまった量の文章を書くというブログ的文化は以前ほどではありません。Facebookなどでまとまった文章を書いても多くの人の目には触れず検索もできず流れていってしまってもったいない。今だからブログと気づいている人は少なからずいます。今や大手ブログサイトを訪問すればすぐに自分のブログが作れます。ブログを持っていない人も、ブログを書いて自分の意見を公開して、良い出会いを引き寄せてみませんか。