日別アーカイブ: 2014年1月18日

2013年12月に胃潰瘍で入院をした時の振り返り

おがた (@xtetsuji) です。

以前のブログエントリでもお伝えしましたが、2013年12月11日から12月24日までの約2週間、胃潰瘍で緊急入院をすることになりました。

ここでは、胃潰瘍で数週間入院した人目線で、気がついたことや気をつけておくべきことなどを書いていきたいと思います。

入院患者の人間観察については別ブログの別記事に書こうかなと思って書きました

また、Twitterで同報通信(結果的に実況)していた入院と胃潰瘍関連のツイートをTogetterでまとめました

いちおうお約束ですが、このブログ記事は読者の皆さんへ最適な医療情報を提供するものではありません。身体の異変に気づいたらすぐ病院に行きましょう!

胃潰瘍いろいろ

ウェブを検索してみると、胃潰瘍といっても色々な症状があります。軽症のものであれば自分で薬を飲んでどうこうするものから、重症のものであれば症状が分かった途端に緊急入院をするものまで。私はどちらかというと後者のほうでした。

12月11日の午前中、「先週(5日前)から大便の色がオカシイから、静岡に行く前にちょっと病院に行って薬でももらってくるか」と気軽に考えて、胃が痛いとかの自覚症状は全然無かったのですが、自宅近所の内科・胃腸科の病院に行ってきました。 そうしたらそこの病院の先生が「これは胃カメラ検査が必要」といって、午後の診療時間に来るように言われたので、それに従って午後にまた来ることになりました。静岡の用事は夜からだったので、まぁなんとかなるとその時は思っていました。

そして午後通院。胃カメラ前の薬や注射などの「儀式」を済ませたあと、口から胃カメラを飲んで苦しい思いをして分かったことは胃の中が血の海で先生もビックリするほどだったということでした。

最初の通院から緊急搬送まで

とりあえず私は先生に聞きます。

  • 私「このあと静岡に行けるんでしょうか」
  • 先生「行けないよ。このままだと新幹線の中で吐血して倒れるよ」
  • 私「じゃぁどこに行けばいいでしょうか」
  • 先生「すぐ入院だよ」
  • 私「はい…。えっと入院先へはどう行けば…」
  • 先生「いま紹介状書いているから。救急車呼ぶから待ってて」

といったやりとりがあって、救急車がやってきました。あとはストレッチャーに乗せられて搬送先の病院のベッドまで横になって運ばれることになりました。意識がある状態で救急車で搬送されたの、人生初かもしれない。意識を失った状態で運ばれたことはタクシーとの交通事故で一度はありましたが…。

急性の胃潰瘍で出血多量だと、出血性ショックの類があるらしく、死の危険がある場合もあるとか。ちょっとこれは大げさだなあと思いながら搬送されていましたが、後で調べてみて妥当な処置だったんだなと思わされました。

とはいえ、入院施設の病院でも立て続けに胃カメラを飲むことになって、どちらかというと、この連続胃カメラで大いに体力が削られました。

胃カメラ体験談

最初の「近所の胃腸科の病院」では口から胃カメラを入れられました。これは嘔吐反応が結構あって苦しかったです。口からの場合は、ダイレクトに喉にケーブルが触れるわけで、麻酔をしていても嘔吐反応は出てしまいがちなようです。

次の「入院先の病院」では鼻から胃カメラを入れられました。最初「鼻から」というキーワードにギョッとしましたが、嘔吐反応は口からよりも少ないということは分かりました。…が、つらいことにあまり変わりありませんでした。これは人によっても差があって、胃カメラが全く苦痛ではない人もいれば、口からはダメだけど鼻からなら大丈夫という人もいるらしいです。

私は「入院先の病院」で鼻からの胃カメラを計4回行いましたが、行うごとにコツのようなものがつかめてきました。まずは唾液を飲まないで全部口から出すということ。鼻から胃カメラの場合は口が自由で、器用な人は会話もできるということですが、会話をすると喉や食道が震えるので胃カメラのケーブルに触れて苦しい思いをすることがあります。少なくとも私はそうでした。会話をせずとも唾液は出るわけで、これを飲むと喉と食道が唾液を胃へ運ぼうと動作を行うわけで、鼻から入れた胃カメラのケーブルに触れて苦しい思いをするということのようです。どのような体勢で胃カメラを入れられるかは病院によって変わってくるとは思いますが、唾液を飲まないで出せるようにしてもらうことで、多少は鼻から胃カメラの苦痛は回避できると思います。

もっとも、検査が進むごとに胃の中の血の量が減ってきて患部がどこかわかってくるので、胃カメラを入れられている時間が少なくなって楽になっていったということもありました。最初の入院先の病院での鼻からの胃カメラ、長く感じるつらい時間を差し引いても20分くらい入れられていた気がします。それは胃の中が血の海で患部を探すのに時間がかかっただけでなく、私の胃潰瘍が比較的珍しい場所に出来ていたからだということでした。

最初の病院で行った口からの胃カメラでは、胃の中が血の海になっていることの確認と、その血液の排出を行いました。また、同日の入院先の病院の1回目の胃カメラでは、血の海の中で患部を探すことを行いました。次の日の2回目の胃カメラでは患部の確認を行い、3回目の胃カメラでは前回確認した患部に止血剤を注射する(そんなことも胃カメラでできるんです!)ことを行い、4回目の胃カメラでは生体検査のため胃の一部を切り取られたようです。

生体検査は、胃潰瘍が胃がんでないことの確認として行うものだそうです。30代の私は胃がんではないだろうと言われていましたが、お約束なのでやるという感じでした。

胃カメラを多く経験している人に聞いたところ、コツは「麻酔」しかないそうです。世の中、麻酔をせずに胃カメラを入れる恐怖の病院があるそうで、それはもう地獄の所業なのだとか。私の場合は、時々嘔吐反応が出て苦しい、違和感があるくらいで、胃カメラ終了後も特に何もなかったので、麻酔はすごいんだなぁと思わされます。

口からの胃カメラの場合は喉に、鼻からの胃カメラの場合は鼻から、それぞれスプレーで麻酔をかけられます。どちらも結果的に胃カメラのケーブルが通る喉に麻酔をかけているとのことですが「こんなので麻酔かかるの?」っていうくらいのシュッと一吹きが胃カメラの苦痛を軽減させているというのですから、すごいものです。

胃潰瘍の患部、そして上部消化器・下部消化器の下血の傾向

後で説明を受けたのですが、多くの場合、胃潰瘍の患部は胃の真ん中もしくは胃の下の部分に出来るのだそうです。ただ、私の場合は胃の上部に患部があるようだということで、検査時間が長引いた要因の一つだったらしいです。胃の真ん中から下に患部があれば胃カメラを入れてすぐ見つかるし、血のたまり方も分かりやすいといえましょう。

また、胃の上部の潰瘍も、比較的小さな割には多く出血していたようで、胃の血管が走っているところに運悪く潰瘍ができてしまったのではないか、という話でした。

そんな、患部の場所が珍しいことと、出血量が多かったこともあって、最初の胃カメラが長引くことになったのでした。

上部消化器と呼ばれる胃や十二指腸からの出血の場合、胃酸によって黒い便が出るのと対照的に、下部消化器と呼ばれる小腸や大腸からの出血の場合、胃酸の影響をそれほど受けないので黒よりも赤に近い便が出るとのことです。直腸や痔の場合は鮮血に近い赤色の便が出るという区別を覚えておくと、どこからの出血なのか分かってよいと思います。

特に文字通り「タール便」と呼ばれるタールのような下痢状の黒い便が出た場合は、上部消化器からかなり出血していることが明白です。私はこれが金曜日から週末をまたいでも治らなかったので、胃の痛みなどの自覚症状は無かったものの、気になって胃腸科の病院に行ったのでした。その時は無知でしたが、からくりがわかればそれは即胃カメラ検査になるよなと思った次第です。

入院期間

2つの病院での1日2連続胃カメラも終わり、病室にストレッチャーで運ばれた後は、治療同意書などの書類にサインをしていくという流れ。サインをする他の付き添いの人とかいないわけなので、当然自分自身が書くことになります。

一泊二日の入院とかは何度か経験あるので、今回もせいぜい2〜3日で退院できるかなと思っていたら、入院期間の欄に「まずは7日」と書かれていて「え!そんなに?」と驚きました。胃潰瘍というよく聞く病気を気軽に考えすぎていました。

少なくとも3日は絶飲食、その後経過観察と食事療法でだいたい7日くらいかかるというのが相場のようです。私の場合は5日の絶飲食と、9日の食事療法で14日の入院となりました。胃潰瘍の程度や年齢にもよるようですが、貧血が収まらなかったり潰瘍からの出血が止まらない場合、もっと入院が長引く人もいるようです。

胃潰瘍を患って入院している人が何週間も入院していても、それは特に重い病気を隠しているわけではないことが普通、ということのようです。

床上安静と絶飲食

結構色々な方から聞かれたのは「24時間点滴で絶飲食はツライでしょう」ということ。ただ、連日の胃カメラの検査等のほうがツライし、そもそも私はあまり食に執着がない人だったので、私に限っては空腹がつらかったりすることはなかったです。むしろ、点滴や酸素や心電図や血圧など、24時間つながりっぱなしの管やケーブルの数々のほうが大変でした。床上安静(しょうじょうあんせい: ベッドから出られずベッドの上で安静にしていること)というか、そもそもベッドの上でも自由に動けやしない。

床上安静なので、その期間中は当然トイレもベッド上で済ませます。本来であれば尿のほうは尿道に管を通すとのことでしたが、私の場合はうまく入らなかったので、主治医判断で尿器(しびん)でしてくれ、とのことになりました。管が変に入ってしまうと痛い人もいるようです。同室の他の老人の患者さんがずっと痛がっていて、退院後に泌尿器科に直行ということになったようです。通常はスルッと入って問題無いらしいですけど。

しかしながら、ずっと横になっていると出るものも出ないので、尿は意識的に出さないとダメなのです。時々身体を起こして尿意をもよおすのを待つという生活をしていました。尿の量は管理されており、私の場合は24時間の点滴量から一日2.5リットル出ないと医師チェックが入るという感じでした。

便のほうは、ただでさえ身体は管とケーブルだらけなのに、ベッドの上でしづらいという感じでしたが、最初の病院に行く前から便の色が変でしばらく食事を控えていたのと、下痢を併発していたので、入院した時は既に腸の中はそれほど何もなかったようで、この点に関しては苦労はしませんでした。

院内歩行許可と流動食による食事療法の開始

私の場合は5日で絶飲食から解放され、身体に繋がっている管やケーブル類が減り、院内歩行許可が出て、流動食による食事療法が開始されました。心電図モニターのようなものも、据え置きの巨大なものから、電池式で持ち運べる弁当箱ほどのものになりました。

院内歩行許可が出たら、意識的に歩くことにしました。昼間の点滴と、小さな心電図モニターは身体に繋がっていますが、それでも以前に比べたら自由です。5日全く歩かないと、結構筋肉が落ちるものです。筋肉というよりも膝が結構弱っていました。

ストレッチャーで横になって運ばれたので、ここではじめて入院先の病院の構造を知ることになります。不思議な体験でした。また、シャンプー施設など興味深い設備を使わせてもらったり、貴重な体験ができました。談話室に出られて、ようやく母に電話で通話することで情報を伝えることができました。メールとTwitterではどうしても情報が断片的になってしまい、無用な心配を与えてしまいがちです。院内歩行ができるようになったことも含め、ここでようやく心配無用であることを伝えることができました。

流動食といっても、最初に出てくるのは三分粥と呼ばれるお湯同然のようなもの。写真はまとめに逐次アップしたので参照してみてください。私の場合、6食で五分粥になるというペースで、7食目から少し米粒が見えるようになってきました。そして退院間近になると全粥と呼ばれる普通の粥になっていくという流れ。おかずの類もそれに準じて完全流動食から徐々に固形物になっていき、胃を慣らしていくという流れでした。

薬や点滴等による治療が進んで元気が出てくると、自然と食欲も回復してきます。動き始めたこともあったと思います。食事自体は流動食ですが、それでも私にとっては新鮮でした。一週間ぶりに「塩味だ!」とか感じたり。普段の当たり前が当たり前で無くなった時、色々と新鮮な体験ができます。

楽しみの一つは水を飲むことでした。せっかくなので水道水ではなく、自動販売機で買ってきたミネラルウォーターを飲もうと、500mlのペットボトルを1日約2本のペースで消費していました。5日間の絶飲食で味覚も鋭くなっていたのか、水の味といったものも分かるようになっていました。

栄養士さんに色々と質問をした

病院の朝は早いです。私の入院先の病院は、6時起床、7時検査、8時朝食、9時回診、10時検査、といった感じ。たとえ同じ病室の他の患者のいびきで眠れなくても、6時には起床させられて午後にならないと「昼寝」できない感じでした。

回診時には主治医と看護師さんだけでなく、薬剤師さんや栄養士さんもやってきます。一度、栄養士さんに色々聞いてみようと時間を取ってもらって色々聞いてみました。主に退院後の食事について、一人暮らしでどうすればよいのかといった疑問点を解消しておきたかったからです。

基本的に、普段から摂り過ぎて身体に悪いと言われているものや、刺激物となるようなものがダメなのは想像通りでした。例えば:

  • 香辛料や辛いもの
  • 柑橘類
  • 繊維質なものなどの消化が大変なもの
  • 油が多く含まれているもの
  • 極端に冷たいもの
  • 炭酸飲料
  • アルコール
  • カフェイン

といったようなもの。

胃潰瘍の食事療法が終わって退院となっても、私の場合、1ヶ月以上は胃酸を抑える薬「パリエット」( ガスター10をさらに強力にしたようなやつ)を服用し続けなければならなくて、そもそも胃の消化能力が抑えられた状態であることもあるようです。

ただ、ことさらこれらの食品を避けろというわけではなく、様子を見て徐々に増やしていくように言われました。胃に負担のかからないものばかり食べていてもバランスの良い食事にはならないということのようです。

乳製品については、ヨーグルトや牛乳が院内食に出てきたりすることもあって、胃にも良いものだそうです。ただ加工品については注意するべきものもあって、バターやチーズといったものは摂り過ぎに注意してほしいとのことでした。私は牛乳で腹を下すことが多く、その分チーズを普段から多く食べていたので、それについては量を注意して欲しいと言われました。

食品については、食事療法や治療段階に関すること以外でも主治医に聞かれたことがあります。特定の食品が胃潰瘍の原因の一つになっていることがあるということでです。

胃潰瘍の原因

最初の病院の先生にも、入院先の病院の主治医にも聞かれたことは、胃潰瘍の原因となるようなことが何だったのかということでした。胃潰瘍は再発しやすい病気であることもあり、原因が何かを知っておく事は有益なのでしょう。

メモを取っている暇も無かったときに言われたことを思い出すと、主治医からは以下のような生活習慣が胃潰瘍の原因であると言われました。

  • 飲酒
  • 喫煙
  • 不規則な生活などの悪い生活習慣
  • ストレス
  • 冷え
  • 特定の食品

一人飲みもしないし飲み会も最近少ないし、飲酒という線は無いと思いました。タバコは超がつくほど嫌いだし受動喫煙すらも出来る限り拒絶するので、この線もないでしょう。夜型生活ではありますが、不規則な…といえるほどではないと思いました。

最近の仕事や私生活の話をしたところ、消去法でストレスが原因だと指摘されました。確かにメンタルが弱いのは自他共に認めるところです。あとまぁ、屋内で暑いし邪魔だしと外套を着ないで外に出る事が多かったので、寒さに強いといいつつ無意識に胃を冷やしていたのも良くなかったのかもしれません。

何度か主治医と話をして気になったのは、チョコレートが胃潰瘍を招くという話でした。私は甘いものが好きで、チョコレートを一時期結構食べていたのですが、これも胃潰瘍の遠因だったのかもしれません。食事が面倒だと、その辺にあるチョコレートだけ食べて空腹をしのぐという極端な食事をしたことも何度かあって、これは色々とダメだったなと思った次第です。

ウェブで検索してみると「チョコレートのポリフェノール類などは消化器にとってよいものだから胃潰瘍にとって悪いものではない」という検索結果もあるのですが、主治医の話によると、チョコレートに必ず含まれる特定の添加物(失念)が良くないのだそうです。これは後日再度行った近所の病院でも言われたので、過度のチョコレートの摂取が胃潰瘍の要因となるのは専門医の間では支持されている説のようです。

一人暮らしの場合、ホットラインの類を用意しておくことの重要性

以前のブログ記事にも書いたのですが、私には東京に身寄りのある家族や親戚がいませんでした。今回は緊急入院だったので、とにかく入院に必要なものがほとんどない状態で入院をしたため、誰かを頼る必要がありました。これも以前のブログ記事に書いたことですが、TwitterやFacebookなどのソーシャルストリームに状況を流して助けを求めるか結構悩んだのですが、時々刻々と流れる状況の中で直後にどうなるか分からない状況だったので、状況を流すことのリスクよりもメリットを取って、情報を逐次Twitterに「同報通信」することにしました

北海道にいる母に連絡はしたのですが、入院期間が不明なのと、母も仕事があってすぐに動ける状況じゃないだろうという判断をして、母には来ないでも大丈夫だとメールしました。

結果的に、Twitterを見て多くのITエンジニアの方からの心配の声をいただき、そのうち数人からは「必要なものがあったら駆けつけるから言ってほしい」とありがたい返事をいただき、その中から一番病院の近くに住んでいる方を頼って必要な入院用品を買ってきてもらいました。こちらの指定が曖昧だったものの、的確な買い物が非常にありがたかったです。後日、他の方から買ってきてもらう耳栓以外、2週間の入院生活はこれに助けられました。

とにかく2011年から主にプログラマーコミュニティでの活動をさせていただいていますが、今回は本当にその仲間に助けられました。入院期間の14日の間、平均すれば毎日一人はお見舞いに来てくれた計算になるのですが、大家さんと元同僚の企画職の友人を除いて、みんなプログラマーだったのは、コミュニティに助けられているなぁと思わされ、感謝してもしきれない状況でした。

配偶者や家族や親戚が近くにいる人はその人を頼ればよいでしょう。重病でも計画入院で入院期間もハッキリしている場合は、独身でも遠方にいる親を呼ぶ計画もできます。ただ、上述のような緊急入院で入院期間もハッキリしない場合、Twitterに同報通信をして助けを求めるしかその時の私に取れる方法が無かったのは今考えても事実だったと思っています。多くの人に無用な心配をかけてしまうという要素や、入院をしていることを他者に知られることによって考えられる様々なリスクを天秤にかけても、です。

買い物を依頼して最初にお見舞いに来てくれた方も独身の東京暮らしで、私と似たような境遇にある方でした。「困ったときはお互い様ですよね」という話もしましたが、まさに独身者は困ったときに頼れる人を日頃から作っておく事が大事だと痛感しました。私もその人が緊急入院をするようなことがあれば、真っ先に駆けつけられる人になります。

「アパートの大家さんが来てくれるんだったらそっちを頼れば…」というご意見については、大家さんに連絡する手段が通話による電話しかなく、しかも電話が繋がらないことも多く、院内歩行が可能となるまで大部屋での通話が出来なかった事があったので急を要する入院用品の用意に関しては頼れませんでした。企画職の元同僚の友人は信頼できる友人ではあったのですが、仕事の都合で直後にこれなかったことと、冗談が通用しないときに冗談をやらかすことがたびたびあって怖かった(笑)ということもあります。後日お見舞いに来た時の挨拶も「天下一品に行ってラーメン食べましょう。それで回復しますから」でしたから。

退院と費用

晴れて12月24日に退院することができました。11日に静岡に行こうと思っていたら、いつのまにかクリスマスイブになっていたというやつです。最後の病院食がクリスマスケーキだったのが良いオチとなりました。昼食を済ませ、荷物をまとめて退院です。

かかった費用が気になる方もいらっしゃるかと思います。入院時に保証金として10万円を払ったとき、予想では10万円をそこそこ越えると思っていましたが、だいたい予想通りでした。ただ、20万円は越えませんでした。これについては病院や病状によっても異なってくると思うので、一概に相場は言えないでしょう。ちなみにこれは通常の健康保険の「3割負担」の額です。また高額医療費の還付金は計算に入れていません。

何が高かったか明細を見たら、主に絶飲食時の24時間点滴の総量が結構高かったようです。そして胃カメラという診療や施術(止血術)も多くを占めていました。あとは平均的にお金がかかっている感じでした。医療費節約のため、健康でありたいものです。

その後、歩いていけるバス停まで歩いていって、バスで帰宅しました。冷え切った部屋を温めて、コンビニで買ってきた胃に優しそうな食物を食べて過ごすことになりました。

その後、札幌へ行く

12月27日に札幌へ行く予定があったので、それまでに退院できるかが入院中の気がかりでしたが、主治医からは「それまでには退院できるから大丈夫」と言われていました。実際退院できました。

入院中はパリエットとムコスタという薬を飲んでいたのですが、退院後はフェルムという貧血用の薬が増えました。今までは注射されていたものの飲み薬版です。専門用語では徐放性鉄剤と言うらしいです。

12月26日、退院後2日くらいからひどい下痢になりました。「ヤバイ物食べたかな」と食事を見なおしてみたものの、特に悪いものは食べていない。病院食のようなものしか食べていないのです。便の色は前日までの健康的な色とは違い、灰色っぽい色。これはフェルムの色です。もともと腸が弱い私、見事に徐放性鉄剤の副作用にやられたのです。

12月28日の朝、さすがに札幌滞在時にこの状態はきついということで、急遽病院に電話をしました。薬剤師さんにつないでもらい、なんとかならないかと話をしたところ、薬剤師さんと主治医の間で「貧血の症状は収まりつつあるので、フェルムの服用をやめて様子を見てもよい」とのことでした。ただ、徐放性鉄剤の副作用が収まったのは12月30日まで待つ必要がありました。12月28日の勉強会の最中は本当にトイレとの往復を繰り返していました。大変だった。「徐放性」というのは「ジワジワ来る」という意味らしく、まさに副作用がジワジワ来た結果となったわけです。日頃から腸の弱い人は、徐放性鉄剤が処方されたら副作用について事前に相談しておくと良いと思いました。

私はカフェ巡りが趣味でコーヒーが好きなのですが、普段からカフェイン過敏な傾向にあって、コーヒーで眠れなくなったり腹を壊したりすることが多いのです。札幌滞在時、試しに一口カフェオレを飲んでみたら、見事に胃に気持ち悪さが来たので、カフェイン手強いなと思った次第です。夜に試しに日本酒やウィスキーの水割りを飲んでみたときは気持ち悪さを覚えなかったので、私にとってはアルコールよりカフェインのほうが強敵なのかもしれません。なんとも悲しい事実です。私はビールが好きなのですが、さすがに炭酸飲料はまだかなと思って今回は手を出しませんでした。この記事を書いている2013年1月時点では、まだビールは解禁していません。

帰省して快適な療養生活

その後、札幌での用事を済ませて、12月30日に実家のある帯広市(の隣町)に帰ってきました。実家では母が胃にやさしい食事を用意してくれて、またストレスとは無縁の生活を送ることができたので、非常に良い療養生活となりました。徐放性鉄剤の副作用からも解放され、胃も腸も健康で穏やかな年末年始が過ごせました。

その後

年始に東京に戻って風邪を引いたりしましたが、胃潰瘍のほうは良好です。パリエットとムコスタは1ヶ月以上飲み続ける必要があり、薬がなくなれば通院という形になります。1ヶ月半ほど飲み続けたらパリエットが効力の弱い薬に切り替わるという段階を踏むようです。

胃潰瘍、急性とはいえ、なってみて初めてその強烈さを知りました。良く知られた病気なので、普通の町医者で薬をもらって飲むだけで回復という病気じゃないんだということは、今回身をもって勉強させられました。ひどい場合は開腹手術になる場合もあると聞いて、つらかったけど胃カメラでの止血術で済んで良かったと思った次第です。

まだ薬の服用や食事制限は続きますが、ひとまず風邪も治りかけて元気を取り戻しつつあります。胃と相談しながらアルコールも徐々に解禁していこうと思っています。

今回、お見舞いに来てくださった方、ご心配くださった方、本当にありがとうございます。いつか何かの形で恩返し出来ればと願ってやみません。