私がPerl入学式のサポーターを続ける理由

私がPerl入学式のサポーターを続ける理由#interest_aeおがた (@xtetsuji) です。

この記事はPerl入学式アドベントカレンダー2015の11日目の記事です。

私がPerl入学式にサポーターとして参加し始めたのが、東京でPerl入学式が始まった2013年のことでした。既に3年近く経っているなんて驚きですね。

そこで、なぜ私はこんなに長くPerl入学式のサポーターを続けられているのかというモチベーションの考察や、そこで得られた貴重な体験などを振り返ってみたいと思います。

私とPerl入学式

前述の通り、私がPerl入学式にサポーターとして参加し始めたのは2013年のことでした。4月の初回には参加しなかったものの、2013年の6月か7月あたりから顔を出し始めたようです。

Perl入学式は2012年に、当時大阪で大学院生だった今の @__papix__ 校長によって大阪で催されたのが最初です。

2013年になって東京でもPerl入学式をやりたいと、なんとまだ学生の校長が自腹で東京に来て隔月で Perl入学式in東京 を始めたのが2013年4月のことでした。校長は旅慣れていてフットワークが軽いことから、この後「日本全国のPerl界隈の勉強会に必ず @__papix__ さんいますね」とまで言わしめることとなります。

2013年度の Perl入学式in東京 が始まった頃、ちょうど Hachioji.pm に来ていた校長と会ってPerl入学式の話を聞いたのが私とPerl入学式の最初の接点でした。サポーターを募集しているということで、教育に興味があった私は二つ返事で行きますよということに。

最初のサポーター参加から徐々に比重を高め、今ではほぼ毎回 in東京のサポーターに参加するまでになりました。2015年度は念願のPerl入学式の原点であるPerl入学式in大阪に行くこともでき、大阪のメンバーの方ともよりコネクションが強くなりました。

会社を良くする前に社会を良くすることを考える

IT業界で十数年働きながら色々なことを考えていましたが、最近になって至ったのは「会社を良くする前に社会を良くすることを考える」という考えです。

私は良くも悪くも帰属意識が高い方で、最初に入社した会社でも一にも二にも会社のためと思って活動してきました。でもそれで何か良くなかったかというと、私の力不足も多分にありますが物凄い成果というものは無いんです。私の場合、さらに会社に対する変なこだわりを持つことで、周囲との軋轢が生まれたりといったデメリットの方がはるかに多かった。

ずっと平社員しか経験したことがなく、部下を持ったことは無いものの年齢的に後輩が出来るので、会社のためと思って後輩に熱心に育てても後輩のほうが先に辞めてしまうことを何度も繰り返していました。後輩を育てたことを会社に評価されない(それで結果的に業績が上がってくれればいいと思った)のは良いとしても、結局頑張って教育しても直接会社のためにならないんです。程度の差はあれ、どこのIT企業も若年層の離職率は低くはないので、同じような問題は偏在しているでしょう。

社内で教育をしても定着しないのであれば、社外で教育をすればいいという逆の発想に至るのはPerl入学式の活動を始めてしばらくしてからでした。

Perl界隈を盛り上げることで、結果的にメリットとなる流れ

Perlはとても良いプログラミング言語なのに、様々な要因があってプログラミング人口が伸び悩んでいます。Perl界隈の人達が集まって話すことは、Perlプログラマーの雇用が難しいということ。Perlを書かない人を中途採用して(半ば騙す形で?)Perlを教えて書かせても、ミスマッチなどで両者が不幸になってしまうことが多い。会社のメイン言語を変えるという選択も慎重にならなければならない。どうすればよいかという話が繰り返されます。

それであれば、社外のオープンな取り組みとしてPerlプログラマーやPerlファンを増やす取り組みをした上でPerl界隈を盛り上げて、その中で興味を持った方をPerl企業に迎えれられれば御の字ではないか。もともと社内での草の根教育に限界を感じていた私は、Perl入学式の活動を通してそういった想いが強くなってきました。

結果的にPerl入学式は、毎年少数ながらも受講生から継続的なPerlプログラマーを生み出し、次年度以降のサポーターなどで活躍してPerl入学式自体の世代をつないでいくことに成功しています。さらに前日10日のアドベントカレンダーの記事を書いた @htk291 さんのように、受講生からサポーターになり、Perlコミュニティに魅力を感じてくれた上で、別の畑からPerl企業に転職してくれた事例まで生み出しました。Perl入学式のスタッフとして活動していて、これほど嬉しいことはありません。

私自身、2014年末に体調を崩して前職を退職した後は療養をしていたのですが、ITエンジニアリングが現代の魔法とでも言えるほど非常に楽しいということとは別として、IT企業は労働時間や仕事内容に対する責任が重すぎる(巨大なサービスの全権限を持っていることは会社の命運を握っていることにも等しい)し、体調と相談しつつIT業界を引退することも考えたほうが良いかなと実は思っていました。そんな無職期間中は、暇だしPerl入学式のタスクを重点的に受けますよと校長からタスクをもらって活動していたら、ひょんなことから Perl入学式in東京 の総本山ともいえるガイアックスに入社しているというくらいなので、Perl入学式の縁というものを強く感じざるを得ません。

社会人たる私達の根源的な共通目標はと聞かれたら、私は社会を良くすることだと考えています。社会人たる私達が所属する会社も、結果的には社会を良くして利益をもらうことを根源的な共通目標としているのだと思います。会社への帰属意識がどんなに強くても、不幸にも会社の業績が悪化して解雇されるということは普通にある時代です。それであれば、社会を良くするということを念頭に置いて会社でも活動し、結果的に会社も良くなったほうがいいと感じるようになりました。

Perl入学式は小さなコミュニティの一つではありますが、低い参加障壁と広い間口を持った、社会との接点がしっかりしたコミュニティの一つだと感じます。小さな成果ではありつつも、Perl入学式がPerl界隈を、そして社会を良くしていける社会との接点でありつづけるよう継続し、そしてそこから社会を良くできれば、これほど嬉しいことはありません。

Perl入学式を通し、毎年嬉しいことがいくつもあります。今年も嬉しいことがいくつもありました。まだまだPerl入学式のサポーターはやめられそうにありません。

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