「ゆでたまご」でまわす情報ネットワーク

「ゆでたまご」でまわす情報ネットワーク#interest_aeこんにちは。引き続きゆでたまごが大好きな おがた です。

以前書いた『なぜ「ホウレンソウ」ではなく「ゆでたまご」なのか』が、面識のない方々にもTwitterでRTしていただいたり、無名な自分にしては結構な反響を呼んで驚きました。反駁や批判を覚悟していたのですが、好意的な意見は頂いたものの、批判的な意見は現状私が知る限り頂きませんでした。もしかしたら単に批判する層はスルーしてくださっただけかもしれません。

最近はFacebook等の「ソーシャルネットワーク」が全盛の時代。私も連日Facebookやmixiを使って知人とコミュニケーションを取り合ったりしています。

最近面白いなと思ったのは、Twitterの中の人はTwitter自身のことをソーシャルネットワークとは呼ばず「情報ネットワーク」と呼んでいるということでした。ソーシャルではなく情報。何が違うのか。MentionやReply等で多人数コミュニケーションも取れるけど、あくまでTwitterはソーシャルがメインではなく、情報を扱うプラットフォームなのだという自負なのでしょうか。

最近良く思うことがあって、それは「Twitterとブログは互いに補い合う関係でもあり、互いに似た部分もある」ということです。補い合う関係は、短文しか投稿できないTwitterと、長文を投稿できるブログという側面。似た部分は、どちらもアカウント登録無しでオープンに閲覧が可能な点。

もちろん、Twitterを「承前」でつなげていけば実質140*n文字の投稿(ちなみにTwitterの1日あたりのツイート制限があるので、nはたぶん1000以下です)ができますが、長文はブログ等にまとめて書いてURLをTwitterに貼りつけておいたほうが読みやすい場合が多いのではないでしょうか。

また、アカウント登録無しに閲覧が可能というのが、Twitterとブログの似ているところだと思います。今回は鍵付きTwitterアカウントは今回は考察しないことにします。「いまどきTwitterにアカウントの無い人なんているの?情弱?」と一蹴するのは簡単ですが、私の知人には「いわゆるガラケーと呼ばれるようになったケータイでメールやウェブを巡るのが精一杯」という人が確実にいて、実際そういう人達にとってアカウント登録という作業は相当大きな障壁なのです。だからこそケータイ公式サイトの登録フローの簡単さは革新的だったわけです。その簡単フローで食ったことのある・食っている人は、そのような人達をないがしろにはできないでしょう。その辺り、これからのスマホ時代にどうなるのか興味のあるところではありますが、その話については次回に譲ります。

Google+も深いURLを教えてもらえれば、全体公開の投稿は全くのログイン無しに閲覧できるのですが、Facebookも含めてここでは「ソーシャルネットワーク」サイトに分類されるサイトは割愛したいと思います。どちらも可能性の大きい素晴らしいサイトであることは間違いありません。

ちょうどよい閉鎖性があるソーシャルネットワークサイトの居心地の良さは、毎日Facebookを見るようになった私も認めるところですが、そこには以下の弱点があると思います。

とにかくソーシャルネットワークサイトは情報が短命

Google+は多少の過去の情報の検索ができるようですが、Facebookには友達の大昔の投稿を検索する方法は私が探した限りでは現状存在しないようです。Facebookでも友達から有用な情報がもたらされることが多々ありますが、一度とりこぼしてしまうと記憶の断片があっても遠い過去の投稿を検索を使って探すことはできないことになります。ひたすらその友達のウォール/タイムラインをたどる方法ならあるかもしれませんが。

それこそTwitterも大量の情報が滝のように流れている場所であり、同じように情報が刹那といえますが、Twitterにはエコシステムがいろいろあって、Twilogのような個人のログ蓄積サービスから、Togetterのようなまとめ(キュレーション)サイトがあり、その欠点を解消してくれています。Facebookも注目を引く情報は「シェア」され継がれて、時の流れの中で「生き続ける」ことができますが、Twitterの公式RTのほうがこの点でも有利なように思えます。理由はよくわかりませんし、私がそう思うだけ(この記事全体もつまるところ私がそう思うだけ)なのかもしれませんが、操作のカジュアルさの違いなのでしょうか。

そういう意味では「Twitterは情報ネットワーク」という言葉に妙に納得してしまう私なのでした。同様に検索サイトにインデクスされて、長い間多くの人達に参照される可能性のある多くのブログも情報ネットワークに似たものを感じます

さて、前段が長くなってしまいましたが、「ゆでたまご」で情報ネットワークをまわして、多くの人にオープンな情報を提供していくにはどうすればよいか、ここからはサクサク持論を展開していきます。あくまで「ゆでたまご」自体が私の創作でしかないので、もちろん他の方法論も様々かと思いますが、「最近Twitterばかりでブログ書いていないなぁ」と漠然と思っている人への何かのきっかけになれば幸いです。

ゆ:言っておく:Twitterで発言しておく

まず「ゆ:言っておく」は、単純に「Twitterで発言しておく」。ただ、Twitterも1日に「ビール飲みたい」「腹減った」「うなぎ食べたい」とか何十何百ツイートもしていると、確実にフォロワーにウザがられること間違いなし。

意識して有用な発言ばかりしろとは私も偉そうで言えないです。息抜きの発言やReplyで会話を楽しむのもTwitterの楽しみ方なのは間違いありません。ただ、後でブログにしたいネタの種のようなものをメモ的につぶやいてみると、それに興味がある人がReplyしてくれたりRTしてくれたり、反響が分かってブログを書いて反響を得られるかの事前リサーチになると感じます。

まぁ、私の場合は、反響があろうとなかろうと、書きたいことをブログに書いているだけなのですが…;。私にとっては、Twitterも未来の自分へのメモ、ブログも未来への自分のメモ、だと位置づけています。この記事だって一番の読者はたぶん未来の私です。「個人的なメモはチラシの裏にでも書いておけ」と言われればそれまでですが、その情報で助かる人もいるかもしれないこの世の中、オープンにして害悪になるので無いのであれば、そういうのも悪くない。あなたのブログの一番の読者もあなた自身かもしれません。知りたいことを検索して冒頭に出てきた記事が以前自分が書いたブログ記事だった、という話は実は結構よく聞く話。

そういう意味ではFacebookやGoogle+、そしてmixi等のソーシャルネットワークサイトに投稿する内容は、あくまで他者へ向けた刹那的な情報、そしてそれに連なるであろう他者とのコミュニケーションを楽しむための情報であり、それらのサイトの機能的な制限から、未来の自分へのメモにはならないのが現状です。特にそれが悪いと言っているわけではありません。あくまでそういう性質を持っているのではないかという考察の一つに過ぎません。

私がTwitterをメモとして利用して、後で自分のツイートを検索できるようにするために使っているツールはTwilogTwistoryの2つです。これについての話も個人的に興味深いので次回以降ブログでご紹介出来ればと思います。

で:できないことも言っておく:Twitterで発言しておく

意外にTwitterで重宝がられる情報は「できないこと」なのではないかと思います。

あ、ここでいっているのは「挫折ツイート」や「自己嫌悪ツイート」等の類ではありません。例えば

  • 電車が止まって駅で待ちぼうけ
  • 渋滞していてバスが動かない
  • 地震や雷でうちの地域のライフラインが寸断されている
  • さっきリリースされたソフト◯◯を入れるとフリーズする
  • 今やっている◯◯がどうも上手くいかない

等々。東日本大震災でTwitterが役に立ったのも、受け手を選ばずリアルタイムにこのような情報を発信できたからなのかもしれません。

私もバスの渋滞情報をTwitterに投稿して、見知らぬ人が災難を回避できた例もありました。また、今作業していることが上手くいかないと投稿してアドバイスをもらえたこともありました。

あまり「教えて君」になってはいけませんが、教えてとは言わず、できないという事実を伝えるだけであれば嫌味も減って、アドバイスをもらえるラッキーなこともたまにはあるでしょう。それに期待しすぎてはいけませんし、自分が投稿した情報に対する見返りを求めてもいけません。世の中は長い目で見てギブアンドテイクなのです。困っている人のツイートを見て自分が解決策を持っている場合は、おせっかいにならない範囲で教えることって良いことだと思いませんか。

できないことツイートが後々ブログのネタになることは少ないかもしれませんが、できないことに対するアドバイスをもらえたのであれば、同じようにできないことで困っている人がいるかもしれないということです。その人達のためにブログを書いて検索サイトから来てくれて問題解決の一助になるだけでも素晴らしいことだと思いませんか。

た:確かめる:デマの類を拡散しない

TwitterはRTなど拡散手段がカジュアルで手軽です。また、2ch等のデマだらけのインターネット時代を経験したことのない若い世代も多く参加しているためか、ものすごい勢いでデマの類が拡散されていくことが度々あるように見受けられます。公式RTならメール時代のチェーンメール問題のような資源の食いつぶしは起こらない(Twitter社にとっては迷惑?)にしても、特に【拡散希望】と書かれたものに私はあまり良い印象を抱きません。

最初から悪意のある人でない限り、間違った情報を広めようとする人はいないでしょう。Twitterだからブログだからというわけでなく、情報源が正しいかといったことを把握するために、常に一次情報源(ソース)を確認する癖をつけたいです。

ま:まとめる:ブログを書く

「ゆ:言っておく:Twitterで発言しておく」でも言及した通り、Twitterで発言した内容を見返してみて、人々の反響や自信の執筆欲からブログのネタになりそうなものを選びます

Twitterの発言がTwilogで保持できたとしても、承前を繰り返してTogetterで自分自身の発言をまとめたりしても、やはりブログで文章をきれいに推敲して書いたもののほうが読みやすいのではないでしょうか。同じ論説をしたとしても、推敲してまとめたブログ記事のほうがTogetterのまとめよりも検索エンジンの順位的にも優位な気がします。SEOをしようと言っているわけではなく、せっかくあなたが書いた貴重な情報へアクセスできる人が一人でも多いほうが、みんなが嬉しいと思います。

ご:誤解がないように務める:誤解がないように務める

最後はまさに字句通り。「ご:誤解がないように務める」。

Twitterは短文ゆえに誤解が生まれるケースもあるでしょう。ブログだって長短関わらず同じ文章ですから、誤解を完全に避けては通れません。

私のブログだけでなく私の言動は、私個人の意見の表明や「方法論の一つ」に過ぎないのであって、よほど明言していない限り「意見の押し付け」にならないように気をつけて文章を書いているつもりです。脱法行為や倫理観の欠如等は別ですが、たかが私が思いついた方法論の一つに過ぎないことを押し付けても仕方がないことです。そういった「意見の押し付け」をすることで、他者が自信の方法論を否定されたと感じて誤解が生まれるケースは一番避けたいと思っています。私の意見は、都合の良い気に入ったところだけつまみ食いしていただけるのが一番嬉しい。もちろん、会社や学校などの規律社会の中での発言はまた別ではあります。

自戒を込めて言う事ですが、特に誤解が生まれやすいのは「暗に他者を批判したりする」ケースではないでしょうか。誰かを暗に名指ししてネガティブな事を書いてしまった場合、本当は違うのに、特に知人が書いたものだと読んだ人は自分が批判されたのかもと心配になる。私も若い頃は皮肉も込めてそういう文章を書いて、色々な人から避けられたり嫌われたりした苦い思い出があります。それなら、そういうネガティブな文章は書くべきではない、それでも書きたいのであればいっそ個人情報が許す限りハッキリ書いてしまうかしたほうがいいです。後者の場合であれば、分からない人には少なくとも自分ではない、分かる人には自分ではないあの人だと分かる、という風になっていれば、嫌われる可能性があるのはハッキリ断定した当人とそのシンパくらいです。その人達なら、こちらから嫌われてもいいと諦めが付くでしょう。

誤解はネガティブな文章から生まれることが多いと思います。ネガティブな文章は書かないに越したことはありません。私もすぐネガティブ思考に陥ってしまい困ることが多いですが、何か具合が悪いことを人や環境のせいにしたりせず、せっかくの人生ポジティブに行きたいですね。

最後に

なんだか免責事項のように繰り返してクドイ感じもしますが、この記事もこのブログも、私が考えた方法論の一つでしかありませんし、決してすべてを万人に押し付けようとしてはいません。誤解がないように務めるが故、文章が冗長になりすぎるのも私の良くない癖だなと感じているので、これについても精進しようと思います。

中段に書いたことに戻りますが「最近Twitterばかりでブログ書いていないなぁ」という方へ、これは面白いなと思った部分をつまみ食いして参考にしていただければ、これほど著者が嬉しいことはありません。

みなさんの素敵なTwitterライフ・ブログライフを願っています。それではまた。

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