夢を追いかけるということ

夢を追いかけるということ#interest_aeおがた (@xtetsuji) です。

最近は教育とか学習について考察していて、長文のブログ記事を書いていたんだけど全然まとまらないので、その途中で考えた軽いエッセーを書いてみます。

夢をかなえた人

これを書いている2014年7月30日は sweet ARMS という4人組声優ユニットの TRIGGER というCDの発売日なんですが、その一人の佐土原かおりさんがこのCDで夢をかなえたという話。

佐土原かおりさんは小学生の頃からTWO-MIXが好きで、TWO-MIXの永野椎菜さんに何度もデモテープを送ったりしていたという筋金入りのTWO-MIXファンだったそうですが、めでたくこのCDで永野椎菜さんに「Reboot Tactics」を作詞作曲してもらうことになりました。今日、帰宅途中にウェブラジオ「sweet ARMS放送局 ~RADIO THE TRIGGER~」(第3回目)を聴いていたら、そのことを嬉しそうに語っていました。本当に好きなんだということが伝わってくる。

以前から自身のTwitterでは「自分がTWO-MIXの楽曲を歌うなら?」といった質問もしていたので、当時から本気が伝わってきました。

それを聴いていて「やっぱり夢はかなうこともあるんだ」とか「かなうかなわない関わらず、何かに熱中してそれを追い求めることは大事なんだ」とか思ったりしました。もちろん、本人の才能もあるんでしょうが、佐土原かおりさんと永野椎菜さんの以下のブログ記事を読んで見ると、やっぱり努力や出会いって素晴らしいと改めて思わされます。

テレビを見ていれば「成功者」はたくさん映るけれど、こういうスケールで好きという感情がが駆り立てる成功例は、なんだか自分もできなくはないんじゃないかという、また違った夢や希望を感じさせてくれます。たんに自分が佐土原かおりさんを昔からウォッチしていて、数年越しにかなった夢に、本人のように喜んでいることもあるでしょう。

夢を追う人を理解しない日本

平成不況くらいからか、日本人は夢を見なくなっただけでなく、夢を追う人に対しても現実的な生き方を押し付けるようになったなと感じます。子供には夢や可能性を語るけれど、大人になったら途端に現実的で日々を生きるだけの人になってしまう。最近では子供ですら「将来の夢は公務員」とか言ったりする時代です(公務員が悪いと言っているわけではありません)。

身近な人に過剰な迷惑をかけないという前提ですが、大人になっても夢を追いかけ続けるっていうのは良いなって最近になって思います。冒頭の教育活動にも関連するし自分が年齢を重ねたということもありますが、年齢を重ねてからもプログラミングにチャレンジしようとする人を見ていたりして、そういう感想が強くなった感じがします。

例えば、40歳を過ぎてから医者を目指して医学部を受験しようとしだしても、アメリカでは周囲はとやかく言わないのが普通なのだそうです。これが日本だと、何を無謀なと言い出す人が多そうですよね。金銭面で他人に過剰な迷惑をかけるならまだしも、自分の蓄えた金で実行するのであれば何ら問題無い。だけど日本は年齢を重ねれば重ねるほど無難な方を選ぼうとする傾向にあるのだと思います。

今やインターネットやITの時代になって、外からのプログラミングやプログラマーへの興味関心が高まっているなと、教育系勉強会を通じて感じます。自分は職業プログラマーを10年ほどやっていますが、自分の職業が他の職種の人の夢や魅力となっていることは素直に嬉しいです。そういう人達が台頭して、私の立場を奪ってもらってもいいくらい。いや、困るかな。2020年には全ての職種がIT関連になるとも言われてる昨今、この流れは必然なのかもしれません。

昨今の日本の場合は、長時間労働で時間が無いことに加えて不況で金銭的な余裕が無いことも、夢が持てないというか、夢を追いかけられない理由なのかなと思います。せめてどちらかがあればもう片方を補えるのに、とすら思います。時は金なりですし、金は時でもあります。

趣味という観点も良いと思います。「二位じゃダメなんですか」という言葉は詭弁でしかありませんが、大人になってからも音楽や芸術やスポーツを嗜んでいる人は魅力的です。片手間でピアノを習ってもチャイコフスキーピアノコンクールで優勝できるわけでもないし、片手間でサッカーをやってもワールドカップに出られるわけではありませんが、それでも趣味を持つ事は良い。仕事人間が定年を迎えて人生の目標を失って転落してしまうという話は、特に高度経済成長期を抜けた頃ならよく聞いた話です。人生の幅は広げていきたいものです。

自分はというと、最近は金銭的にも時間的にも体力的にも余裕がなくて、趣味も課外学習もできていないなと、冒頭の佐土原かおりさんの話を振り返りながら考えさせられました。趣味として音楽やスポーツや絵画などに取り組んでいる周囲の人達を見習って、自分も何か趣味の広がり持たせたり、夢を追いかけたいと思いました。

社会人になってしばらくは仕事一筋というか仕事のことを考えるので精一杯だったのですが、2010年からのコミュニティ活動の開始や交友関係の広がりをキッカケに、ここ一年くらい趣味の充実は目下の課題となりました。ただ、時間・金銭・体力のどれも伴っておらず趣味の幅を広げられていなかったのが実情でした。しかしながら、これからはこの3つを作っていく事から始められたらいいなと思いました。

私の夢はなんだろう

時々思い出すフレーズに「夢は口に出すとかなう」というものがあります。実際、佐土原かおりさんがTwitterでTWO-MIX愛を語っていたりするのも、そうなんだなーと思わされました。もう若くない年齢とも言える私ですが、前述の通り今からでもやってやろうという意欲に満ちあふれています。金銭時間体力がついていかないだけ(言い訳か)。著名なプログラマーのあの方も言っていましたよ「何かをすることに遅すぎることはない」って。

子供の頃からの夢とかって言うと恥ずかしい部分もありますが、ここに書いて何かのキッカケがつかめるかもしれないので書いてみます。

最近では、海外で活躍することへの興味があります。中学時代から英語が全くダメなので、まずは英語力の向上から始める必要がありますが、何か糸口を見つけるために語学を磨いていきたいです。職業柄、英語の読み書きは若干できますが、細々とリスニングも始めています。とくに聞くこととしゃべることの英語勉強法が詳しい人がいたら、アドバイスいただけたらこれほど嬉しいことはありません。

職業プログラマーとして10年、コミュニティでのプログラミングを4年ほどしてきましたが、その経験を生かしてもっと人々が役に立ったと思ってもらえるものを作りたいです。また、プログラミング教育も推進して、私をきっかけにプログラミングを始めたという人が良いモノを作るという連鎖も作りたい。そこで自分の名前が表に出なくても良いけど、終身雇用制が瓦解した今、そういう活動がセルフブランディングとして多少役に立って人生を生きる役に立てばいいなとも感じます。

子供の頃からの夢といえば、科学者になりたかった。理科が本当に好きで小学生のころは元素の周期表や化学反応に夢中でした。その後中学時代に科学部に入って生物を勉強して、高校時代に化学部に入って化学に取り組み、高校時代後期はその後も交友が続く友人と大学レベルの物理学や数学に取り組んで大学は数学科に入って何年も数学に取り組んだものの、社会人になってからその経験があまり生きていないのが残念なところ。子供の頃の自分が今の自分を見たら、白衣を着て研究室にいない自分にガッカリしていたかもしれません。今からでも遅くない?

そして小学生のころからクラシック音楽が好きで、特にベートーヴェンやモーツァルトが大好きでした。ベートーヴェンのように作曲、特に交響曲で自己表現したかったし作曲家になりたかった。作曲は小学時代から高校時代まで取り組んでいましたが、ピアノが弾けなかったので和声の知識が乏しかった。楽理や作曲の書籍は読んでいたものの、やはりピアノが弾けないのはハンデでした。自分にとってのピアノは作曲のための手段でしかないですが、好きな曲が弾けたら生活が豊かになるだろうなぁって気持ちもあります。ピアノを習うことは今すぐにでも始めたいですが、ピアノを買うお金と置く場所が積年の課題です。とはいえ、今これを書いていて些細な問題だなと思ってきました。文章を書いて自分と対話することは大事。

というかここまで書いて気づきましたよ。2014年はゴーストライターに交響曲を書かせて問題になった作曲家や、コピペ論文で博士号を取って生物学を揺るがす大発見をしたと言った後に様々な研究不正が発覚して日本の科学への信頼を失墜させた科学者が話題をさらっていった年だったということを!

嘘や不正で名声を得るくらいなら、趣味の域でもいいので身近な人を感動させたり驚かせたりする作曲家や科学者に今からでもなってやるぜ!ここまで書いて自分の中でそういう結論になりました。交響曲HIROSHIMAやSTAP細胞が自分の気持ちを後押ししてくれるとは、思いもしませんでしたよ。

あなたの夢はなんですか?若くても年老いても、今からでも全く遅くはありません。もしよろしければ私にその夢を教えて下さい。私にも協力できることがあるかもしれません。

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