2015年1月3日に中学時代の学年全体同窓会を開催した話と、同窓会に込めた想い

2015年1月3日に中学時代の学年全体同窓会を開催した話と、同窓会に込めた想い#interest_aeおがた (@xtetsuji) です。

タイトルの通りなのですが、2015年1月3日に中学時代の同窓会を開催しました。私は当初からの運営メンバーの一人として、人集め人探しから情報整理や店の予約まで担当。地元から離れた東京から主に遠隔作業担当でした。

そんな、同窓会を開催するまでの活動内容の話から、当日の話、そして私が今回同窓会をやろうと精力的に動いた理由をどこかでお話したいと思ったので、このブログ記事を書くことにしました。

この文章、一般論というよりは私のエッセーです。とはいえ、今回私達が準備した同窓会に参加された方、色々な場面で同窓会に参加される方、同窓会を主催する方に、この文章が何らかの着想を与えられれば幸いです。

私の中学時代の背景

私が中学時代3年間過ごしたのは、北海道の音更町(帯広市の隣町)にある下音更中学校というところでした。当時は一学年の生徒数が100人程度で、ABCの3クラスにわかれていました。

私は当時3年A組で、2年時にA組にクラス替えを行ってからの持ち上がりのクラス。

なぜか昔から下音更中学校は周辺中学校に比べて素行の悪い中学校として有名でした(今もたびたびそうらしい)。私達の学年の上の先輩は、下級生に対してヤンキー上下関係を要求するガチ不良学年といった感じでしたが、我々の学年は下の学年に対して自己満足的な上下関係を要求するといったことは無かった気はします。もちろん、我々の学年にも若気の至りで素行不良の生徒は若干いましたが。

そんな中で、私はどちらかというと「目立つけどおとなしい、勉強とテレビゲームにしか興味のない生徒」でした。交友関係は、小学生の頃から親しかった男子、部活(科学部)の人、くらい。多くの人に知られているけれど、あんまり交流は無かったです。

同窓会の開催に動き出すまでの私的な話

最初の発端は、B組の @KIYO_kawayarou4 (以後ハンドル名でKIYO)との会話で、彼が「もうすぐ卒業20周年だし、中学時代の同窓会やりたいね」という話を以前から聞いていたことでした。

あとで聞いたところ、KIYOは同じB組の違う人から「同窓会やってよ」と言われていたかららしい。とはいえその人は今回来れなかったのですが。

私は大学進学で上京してから、中学時代までの友人とは2012年ごろまで疎遠になってしまっていました。大学進学してからは大学院を卒業するまで勉学に忙しく、惰性で入った会社では2009年頃まで徹夜あり炎上火消しありで仕事をしていたこともあって、実家に帰省してもそんな余裕は無かったんです。特に2006年から2009年頃までは、仕事で本当に屈辱的な事の連続で、あとで母にきいたら「当時は帰省しても目がどことなく殺気立って怖かった」と言われる始末。

2010年に転職活動の失敗などで人生どん底を味わったあと、このままじゃいけないと思って2011年からコミュニティ活動を開始。会社だけを見ていた内向的な性格から、徐々に外向的な性格に変わっていきました。そんな精神的余裕が出てきた中で、KIYOら中学時代の友人とも再度コンタクトを取り始めたのでした。2011年以降でなければ、同窓会計画に参加することも、他人が計画した同窓会に参加することもたぶんなかったでしょう。

2013年初めごろから、同窓会の話をするKIYOの背中を本格的に押していくことにしました。そして「9月に帰省するときに集まってミーティングするぞ!」とハッパかけ。

最初にKIYOから同窓会の話をされてから色々なことを考えていました。その中で私が「中学時代の同窓会を開きたい」と強く思った理由がいくつかあったので、これは乗っかってしまえと、私の必殺技の背中押しを炸裂させてKIYOの背中を押していったわけですが、これが結果的にうまくいった形になりました。いくつかのコミュニティ活動でもそうなんですが、自分と志を同じにする人に乗っかるのも私の必殺技の一つかもしれません。

同窓会にこめた私の想いは後述します。

2014年9月までの作業

KIYOと「同窓会やろう」という話になった2013年初めごろから、地道に動き出していました。まだ会場や日時などが未定な状況だったので、ひとまず人探しから細々と始めます。

KIYOは地元在住なので、知人づてに人探しや情報収集を開始したようでした。

私は東京からの遠隔作業なので、今後どのように作業していくか考えたりしていました。また、mixiやFacebookなどでさらっと人を探したりしていました。とはいえ、mixiはハンドルネームだし、Facebookでも男性はともかく女性は姓が変わっているケースが多いので、ほとんど探せないという状況。

そんな中、6月に一人の女性からFacebookで友人申請を受けました。姓名は初見でしたが、基本データを見たら「既婚して姓が変わっただけで、同じA組のあの人かな?」と思ったので、メッセンジャーで聞いてみたら予想通り。今後の同窓会計画などを話したら協力してくれるとのことでした。このコネクションは9月以降の同窓会計画で大いに助けられ、私やKIYOが到底リーチできない女性の情報収集に大活躍でした。

ミーティングの前日に私がたまたま連れて行ってもらった帯広のスナックで情報収集していたら、店員さんから知っている中学時代の同級生女子が2人出てきたから、田舎は狭いなぁと思ったり。

2014年9月の発足ミーティング

私の帰省にあわせて、KIYOと彼の親友のY君と9月にミーティングをしました。

KIYOと私は、それぞれ現況の報告。

彼ら2人はB組で、私はA組だったので、C組が毎年行っているクラス同窓会のことをまだ勘定に入れていない状態でした。

私は、事前に考えていた日時場所の計画を次々と出して、彼らの考えを聞くという流れを作りました。ここで2015年1月3日であるとか、帯広市内の居酒屋にするといった日時場所を徐々に確定させていきました。この部分はほぼ私の独断と偏見でしたが、結果的に成功でした。

最近のIT業界のコミュニティ活動で、Facebookの秘密グループとGoogleドライブを使った共同作業がうまくっているという話をよく聞いていたので、今回の同窓会計画にもそれを導入することにしました。これも結果的に成功でした。

私は議事録をとっていたMacBook Airで、Facebookの秘密のグループとGoogleドライブの共有フォルダをすぐに作成。このあたり、IT業界で約10年仕事してきた事務スキルが活きています。

さらに3人で議論をしている間に、Facebookで6月に友人となったA組の女性とFacebookチャットで情報交換。3人で「便利な時代になったなぁ」と言い合っていました。

あとは、人探しに必要な名簿をGoogleスプレッドシートに作成、同窓会案内のプリントをGoogleドキュメントで作成、といったタスクを出していきました。デジタル系作業の下地はたぶんこういう作業が一番慣れている私が担当。その後の共同編集の作業の約束事についても、ゆるく決めていきました。

同窓会の店もだいぶ確定させて、同窓会の案内の紙もGoogleドキュメントで作って、店を確定させた後日完成させました。手のこんだことをしなければ、Microsoft Officeは要らない時代。

ひたすらタスクを洗い出していって、私とKIYOで作業分担をしていく中で、パソコンに詳しくないというY君は意見を出しつつも「オレ、中学時代○○さんのこと好きだったんだよなぁ」と繰り返し言っているのだけが印象的でした。

発足ミーティング後から、運営メンバーを集めながらの活動

B組のY君は地元在住では無いのとパソコンまわりが詳しくないということで、Facebookの秘密グループとGoogleドライブを使った運営メンバーは、私とKIYOと上述のA組の女性の3人から始まりました。その後、KIYOがどんどん人を巻き込んでいく中でA組の女性が一人増え、C組の女性が一人増え、そしてB組のI君が参戦。その後もメンバーは増えましたが、主戦力はこの男性3名女性3名の6名でした。組としてはAAABBCという数。KIYOの巻き込み力には感服。

中学当時のKIYOはまさにジャイアンみたいな存在でした。I君をいじめていた過去もあって、大人になってからたびたびI君にコンタクトを取っていたもののスルーされ、今回やっと応答してくれたらしいです。9月にKIYOと話をしていて「今回はKIYOの中学時代のお詫び同窓会だな!」と冗談めかして言っていましたが、同窓会の準備段階でそれが果たされつつあるというのは興味深かったです。

いじめを肯定するつもりは無いのですが、大人になって当時のお詫びをして「再会」するというのも悪くないと思います。今回はリーチできなかったのですが、不投稿(当時は登校拒否と呼ばれていました)の生徒もいたりして、そういう人ともいつか再会したいと思っていますし、私は全員集合を目標にしています

C組は毎年恒例C組同窓会の主催者と連絡がついて、一気に情報が集まりました。それでもまだ連絡が取れないC組の人もいたので、その人達も今回の探索対象としました。

この6人、というか私を除いた5人は本当に情報ネットワークがすごかったです。

KIYOは足で稼ぐ人で、当時のみんなの実家がまだあれば手当たり次第アタックして、私が作った同窓会の案内の紙を配っていったようです。さらに当時の担任3名とも連絡を取って、担任3名の出席まで実現させてしまいました。

I君は地元で接客業として働いているのですが、その情報ネットワークがすごかった。今回のMVPかもしれない。誰々のお母さんと会いましたとか、そういう情報をどんどんFacebookの秘密グループに投稿してくれました。KIYOと一緒に「あの店にはどうしてそんなに情報が集まるんだ」と不思議がっていました。まさにサスペンスドラマの主要人物みたいな感じ。彼がいるから帯広では絶対に悪いことはできません

女性は地元にいる人もいない人も、なんとなく主婦ネットワークだったりがあったりするようで、知っている人や知っている人の知っている人という推移で、どんどん広がっていきました。それも運営メンバーの女性3名に感謝しないといけないわけです。私やKIYOが連絡しても連絡をくれかった女性も、女性であれば連絡を返すということも多々ありました。20年ぶりくらいの同窓会だと、突然男性から連絡が来ても女性は構えてしまって連絡をくれないこともあるので、同窓会の運営メンバーには一人以上の女性がいたほうがいいというのは今回の教訓でした。

音更だけあって、音更高校のネットワークにはかなり助けられました。一方、私の卒業した帯広柏葉高校の生徒は、すぐに見つかるだろうと高校時代の情報通の友人に依頼したりしましたが、思ったほど見つからなかったのとは対照的です。これには色々な要因が考えられて、それもまた面白いのですが、この考察は別のブログ記事で書こうと思います。

私はというと、高校の情報通に依頼したり、IT業界の人間らしく過去のウェブページを取り出したり込み入った検索をかけたり、手がかりがあれば図書館に行って各種名簿を片っ端から読んだりしていました。仕事がウェブ系であっても最後は足で情報を稼ぐ

私は2014年12月に会社を退職して無職になりました。そういうこともあって12月は余裕があったので、12月24日には地元入りして、KIYOと一緒に追い込みをかけます。そこでも結構判明した情報がありました。店の最終予約や当日の印刷物の準備などの事務タスクも追い込みです。

9月のミーティングの時の人数見積もりは「目標20人以上、30人は行かないだろう」というものでしたが、結果的に担任3名を含めて30人が集まりました。二次会の参加を入れたら31人。3分の1弱の集まりは、約20年ぶりの同窓会にしては良い成果でしょう。なんらかの所在が確認できる人は3分の2強になるので、これもまた良い成果。

20年ぶりくらいになる同窓会

前述の通り、C組は毎年クラス同窓会をやっていましたが、A組とB組はそうではありませんでした。B組は卒業数年後に一度クラス会をやったようですが、それも約20年前に変わりありません。A組に至っては一度もクラス会をやったことがありませんでした(私が呼ばれたことがないクラス会があったというわけでもないようです)。

地元組だと成人式で会ったのが最後という話もありましたが、それでも約15年前の話。私なんて当時の成人式の次の日から大学の期末試験だったので出られず。寂しいものです。

同窓会当日の話

2015年1月3日当日はかなり緊張していました。同窓会の運営メンバーとしてもそうですし、約20年ぶりに会う人達と何を話せばいいかもそう。いつものエンジニア向けプレゼンテーションでは100人くらいを前に話しても準備さえしっかりしていれば大して緊張しないのに、同窓会タスクは4ヶ月くらい綿密に準備したのに本当に緊張しました。慣れなんでしょうかね。

当日は色々遅れてしまって、KIYOと一緒に会場に着いたのは20分前の17時40分。既にスマホには会場に付いている人からの連絡がいくつかあって焦りました。同窓会幹事は開始時間の30分前からスタンバイすることが重要

私の頭の中では、徴収金額が決まっているので入場時に回収プランを考えていたのですが、既に人を入れてしまって盛り上がっていた状態だったので、このプランは瓦解してしまいました。同窓会の一次会は金額を確定しておいて前金にしたほうが絶対に良いです。

今回の代表幹事はKIYOということで司会は任せて、私は裏方で頑張っていました。主に写真撮影、ビデオ撮影、アンケート用紙やペンを配ったり、卒業アルバムなどのアイテムを出したり…。

時間は120分でしたが、私はほとんど飲まず食わずで運営タスクをしていて、ほとんどしゃべる暇もありませんでした。ただ、撮影をしていて皆さん楽しんでくれているなということは分かったので、ひとまず安心していました。というか汗だく。

店側から、120分制限で次のお客さんを待たせているということで、皆さんを追い出すときに前金でないことがネックになってプチ混乱してしまって大変でした。会計はKIYOと協力を申し出てくれた女性数人にお願いすることになって、私はクレジットカードで支払った後で会場の片付けをしていましたが、どのテーブルも食事のほとんどが手を付けられていない。当然ながら私は運営タスクでほとんど飲まず食わずでしたが、他の人達も飲み食いを忘れて歓談していたようで、それはそれで嬉しかったですね。そういう意味でも、同窓会に食事の量はそれほど必要ではなさそうですし、むしろ参加費が安いことのほうが重要

久々の同窓会に120分は短すぎる。これは9月当初から議論に上がっていましたが、完全に当たってしまいました。同窓会は居酒屋のような時間制限のある場所ではなく、時間無制限で貸し切りができる場所がいいです。あと、写真撮影を考えると明るい場所のほうがいい。居酒屋やバーの類はだいたい暗いので、そこは夜も営業してくれるカフェを貸し切るというのがいいかもしれません。

そしてみんな店の外に出てから二次会の会場へ。年末にKIYOと一緒に二次会の店は押さえておいたので、そこに直行です。基本的に120分くらいの一次会であればほとんどの人が同窓会に行くと勘定しておいたほうがいいです。しかし、二次会の店を確定させておいて良かった…。

Foursquareマニアの私が同窓会一次会のSwarmチェックインを忘れていることからも、一次会の私の混乱ぶりがうかがえます。

二次会では、お店(織絵さん)に全て任せて、ようやく私もマトモに腰を落ち着けることができました。冬のはずなのに、夏のようにタオルで汗を拭っていました。

二次会の会場で、あのY君が近くにいたので「○○ちゃんに昔好きだったって言った?」って聞いたら言っていないということだったので、言っちゃったほうがいいよと。向こうが結婚しているとかどうとか、もう当時から約20年も経っているから、当時の思いを伝えるだけなら関係ないよね。

三次会は、同じビルの違う会にあるバーでした。三次会までは確定していなかったけれど、時間が時間だったので入れました。ここまで、半分以上の人が来てくれたらしく、繰り返しになりますが18時スタートの同窓会一次会が120分なのは明らかに足りない

二次会はウーロンハイを飲みながら、一次会で疲れた身体を休ませていたので、何を話したのかよく覚えていない。なんか酒の勢いに任せてまずいことしゃべっていないかだけが心配。

二次会と三次会では、当時仲良かった人よりも、当時あまり接点のなかった、今や子持ちの女性らに子供の教育方針とかを語っていました。子供の教育とかほとんどしたことないのに。

とはいえ今回の同窓会を観察していると、仲が良い同士がかたまるのではなく、当時あまり接点が無かった人同士が今の互いの社会的立場に興味を持って話をするというのが多かった気がします。仲が良い同士は、同窓会を開かなくてもたまに連絡を取ったりしているからというのもあるかも。私も今回の同窓会で「新たな友人」が何人もできて、手前味噌ながら同窓会やってよかったな~って感じがしました。これは30代の同窓会が醸し出す良質な再会なのかもしれません。

まだ話し足りないぞという人達が二次会と三次会のビルを出て四次会の会場探し。結局どこでもいいやということで和民に入りました。帯広にもある和民!

私とKIYOはいましたが、仕事で二次会から抜けた人が戻ってきたりして、結局私を含めて8人が集まりました。

もう四次会では疲れで酔いがまわって、半分くらい記憶が無かった気がします。KIYO曰く「完全に壊れていた」とのこと。まぁ準備と一次会であれだけ暖機運転したら暴走もするよなって思いました。

四次会で個室に入るなり、入口付近で「うちら中学時代付き合っていたんだ」とか言い出しす男女。イチャイチャしだす男を尻目に「聞いてねえよ(笑)」とか思いながら、これが約20年ぶりの同窓会のカオスなのかと思った夜3時。

左隣りには自動車を運転しているので18時からノンアルコールで乗り切った今回の幹事KIYO。右隣には当時の幼さがまるで変わっていないけれど3児の母となっていたC組の女性。眠そうにしているB組の男性で今は工務店の主任。私の小学1年生の頃からの友人でC組の格ゲーの達人。○○ちゃんに「告白」ができたらしいB組のY君。時を越えたバカップル…。中学時代にこの人達が会する空間が信じられないくらいの、よくわからない空間でしたが、これも同窓会の醍醐味なのかもしれません。

大食いなのに満足な食事をしていなかったKIYOは、黙々と蕎麦を食っていました。あとはあんまり記憶がありません…。

そして4時過ぎに解散となりました。当日の準備時間を含めると、半日以上にも渡る長丁場の一日が終わったのでした。

KIYOの自動車で実家に送ってもらって就寝したのでした。

後日談

次の日は完全に気が抜けていました。

3日後の1月6日にKIYOと2人で金勘定や反省会や情報整理を行いました。

情報はFacebookの秘密のグループに逐次流して、運営メンバーが適宜コメントをくれる感じでした。便利な世の中になったものだ。

場所を移して新年初Jorroでアイスコーヒーを飲みながら反省会続き。昼食ついでに始めた反省会でしたが、次の同窓会計画への道のりなども含めて、日没近くなるまで議論しあいました。

次の日1月7日は単独で調査活動。最終的な人探しは紙と文献です。

この日は夜に「ゆるいITべんきょうかい in 帯広」があったのですが、それについては別エントリで書きます。

次の日1月8日には、同窓会の運営メンバーで会心の活躍をしたA組の女性2人からデートに誘われました。中学時代は全然モテなかったKIYOと私のふたりが

でも遅れてしまうんだから、現在のKIYOも私もお察し感あります。

女性の運営メンバーとはずっとオンライン上での情報交換をしたので、1月3日同窓会で会ったのを除くと、会うのは約20年ぶりです。

同窓会ではKIYOも私も忙しくてほとんど話ができませんでしたが、ここで色々な裏話を聞けました。女性ネットワーク、色々な情報が出てくる出てくる。時間が過ぎるのが本当に早くて、あっという間に数時間経ってしまうくらいでした。特にA組3人が集まったので、A組情報が補強できて良かったです。今度は中心的な運営メンバー6人で揃いたいですね。

元々はFacebookにJorroの画像を投稿したら「行ってみたい」という彼女らからのアプローチがあったことがきっかけでした。でもこの4人も、中学時代に一つのテーブルを囲むのが想像できないグループなので、数ヶ月前からオンラインで共同作業をしていたものの最初の方は不思議な感じでした。

同窓会を企画して運営メンバーとして活動したこと自体、大きな出会いや新たな人のつながりを生んだ感じです。

昔とがっていた人も性格が丸くなって、30代の大人のトークができることは不思議であり、時が芳醇させた良質な場です。

すでに次回の同窓会に向けて、運営メンバー間のやりとりもあり、同窓会で再度つながった人との交流が今も現在進行形で続いています。同窓会やってよかったと思いました。

同窓会運営メンバーの活動方法

上記でも軽く触れていますが、以下のツールで行いました。

  • Facebookの秘密のグループ
  • Googleドライブ

情報交換はFacebookの秘密のグループで行いました。これが使えない人は、使える人にメールや電話で情報を伝達してもらうようにしましたが、結果的にこの秘密のグループに参加できた人が活躍主体となったので、そこは問題になりませんでした。

Googleドライブについては、設定を済ませて編集できたのは私とKIYOくらいでした。なので、みんなの情報をFacebookの秘密のグループから集約して、私かKIYOが転記して、まとまったところでFacebookの秘密のグループへPDFにしてアップするというやり方をしました。Facebook上ではリアルタイム編集はできませんが、アップロードしたファイルのバージョン管理はできるようなので、この方式でなかなか十分だと思います。編集量が過大で一人の人に集中してしまうと大変かもしれませんが。

あとはネット時代の簡単な人探しツールである「ググる」「Facebook検索」「mixi検索」から、「住宅地図」を取り寄せて手がかりにもしました。とはいえ、文字化された情報よりも、人が持つ情報ネットワークのほうが役立った感じです。これは地元定着率が高い田舎ならではというところがあるのかもしれません。

同窓会がうまく盛り上がる条件、盛り上がらない条件

私が考えていたのは、以下のような年齢的条件でした。

  • 10代の同窓会は年月が経っておらず、人の集まりも良いが、あまり代わり映えもせず、久しぶりの挨拶だけで終わる
  • 20代の同窓会は、ともするとただの合コンの場になる可能性もある
  • 30代の同窓会は、家庭を持っている人も持っていない人も、色々な社会的立場になっていて、ちょうど面白い時期

なので、KIYOが同窓会をやろうと声をかけてくれたときに、30代だからこそ盛り上がるだろうなぁと思ったのでした。10代や20代の同窓会は多く聞くものの、30代の同窓会ってあまり聞かない。でも、やってみたら面白いんじゃないかな?という私の好奇心から、KIYOの背中を押すことにしました。

あと、中学校が普通の公立高校だということも、今のみんなの多様性があって面白くなる要素なんじゃないかなと考えましたし、実際その狙いは当たったと思っています。

私の高校は「中途半端な進学校」でしたが、一学年450人のマンモス校であることを差し引いて頑張って集めても「現在のステータス自慢」に終始してしまうんじゃないかというのは結構想像できて「まぁ高校はいいっか」と思ったのでした。受験のためにクラスは毎年再編成され、最終学年次は受験のための選択教科のためにクラス移動が頻繁で、あまり一体感がなかったクラスの印象。どちらかというと修学旅行に行った高校2年のクラスのほうが印象にあるくらいだし、部活のほうがずっと印象にあります。

同窓会に対するネガティブな意見について

同窓会に呼ばれたけど参加したくないという人の話はよく聞きます。特に若い頃はそうでしょう。とはいえ、歳とともにそういう旧交が面白くなっていくことがあるかもしれませんし、誘いが来てもだんまりするのではなく「今回は都合悪いけど、次回あったら教えて」と言っておくと、後々良いことがある気がします。少なくとも悪いことはなさそうです。その辺りは、上述の私が考える年齢による同窓会傾向にもある通り。

先にも触れた「現在のステータス自慢」については、これは同窓会をやる集合がどのような性質かにもよるでしょう。男性はあまり気にしないけれど、女性が自分の夫や子供を他人と比較するということは多いと言われています。真偽の程はわかりませんし、人の思考を操作はできませんが、私は「自分自身を高めることが大事であって、たとえ夫や子供であってもそれは他人のふんどしじゃないか」というスタンスを取っています。親族のふんどしを借りて水面下のバトルとかやられたら、歴史上の有名人物の末裔とかが平気でいた私が卒業した大学の同窓会とか出られませんよ…。

今回、同窓会で動いていたときに色々な人に話を聞いていて出てきた言葉に「昼顔」というのがありました。流行語の類には詳しくないんですが、聞いてみるとフジテレビの低俗な不倫推奨ドラマらしいです(伝聞)。この「昼顔」という言葉は、これまたフジテレビの自称生活情報番組「ノンストップ!」から出た言葉らしい。12月に無職になってから有閑マダムよろしく「ノンストップ!」を観ていましたが、これがまた噴飯物の内容でビックリしました。定番の流れとしては、夫をこき下ろして視聴者やコメンテータである妻が気分良くなるという内容で、たとえ男性にも非があるにせよ男性としては非常に後味の悪い、全く建設的ではない番組でした。年末年始は同窓会ネタもあり興味深く見ていましたが、まぁひどかった。妻の同窓会に軽自動車で迎えにくる夫を非難した千秋さんのニュースとかも話題になりましたが、今やただの移動手段でしか無い自動車にこだわってどーすんのって感じです。私はこの放送を見ていましたが、千秋さんの発言以上に酷い内容がいっぱいありました。千秋さんはお金持ちでしょうが、自動車がステータスを表す時代は終わっていることに気づかないのか可哀想だなと。最近は反論が火に油を注いでいる千秋さんではありますが、ウゴウゴルーガ好きからしたら、こんなくだらない番組で油を売っている(燃やしている)暇があったら、声優業であったりもっと別の場所で活躍して欲しいです。

個人的な意見ではありますが、私は同窓会を合コン会場であるとか不倫会場にしたくは当然ありませんし、現在のステータスを比べ合うくだらない自慢場所にもしたくありません「ノンストップ」のような番組が、同窓会の目的に対する世間の考えをミスリードすることに憤りを感じました

私が同窓会開催に込めた想い

もともと私自身、これからの少子高齢化時代が進むと孤独社会が到来するという考えを持っていて、色々な絆を温めていくことがこの先の人生をより良くしていくと考えています。

私やKIYOなんかは同年代の親戚が少なく、年齢を重ねて孤立化する可能性が高い部類の人です。そんなことも9月にKIYOと話したりしていましたが、同窓会というつながりが一つのセーフティネットとして緩く機能することにも期待しています。

私の母から聞いた興味深い話があります。母の同窓会では、重い病に倒れ家族が離散し、親も高齢で頼りにならず孤立して施設に入ってしまった同窓生を支えようとしているらしいです。脅すわけではありませんが、同世代の親戚が少ない独身だけでなく、配偶者や子供がいる人も完全には安心できない世の中です。同窓会に限りませんが、家や会社に閉じこもらず、外の様々な信頼できるコミュニティとつながりを持つことが、これからの時代を豊かに生きていく大事な要素になるのではないでしょうか。

厄年を支持するしないに関わらず、特に30代の女性は、結婚、妊娠、出産、育児といったライフイベントで生活がガラリと変わり、大変なことが多くなりがちな年代です。逆に、私やKIYOなどは現在は比較的自由人であるわけで、そういう女性を同窓会ネットワークという場所で助けるということはとても良いことじゃないかということは、9月のミーティングでも話をして共感してもらいました。地域コミュニティのつながりが希薄になった代わりとして、手の空いた人に「ちょっと子供預かって」などと気軽に依頼できるコミュニティが現代にもあっていいんじゃないか、私はそう思います。逆に40代になると職業の岐路であるとか病気であるとか、男性が苦しむ時期でもあります。気心知れた同士が助け合えるという側面としての同窓会というコミュニティがあってもいいと思いませんか?

記憶に新しいベビーシッター事件のように、完全に知らない人に頼ることは危険も多いですが、同窓生のように知っている者同士の助け合いであれば、いくらか安心ではないかという考えがあります。さらに助ける側の行動を監視する役割が同窓会にあれば、古き良き地域コミュニティと同等の良いコミュニティとなるのではないでしょうか。

北海道は離婚率が高い地域です。シングルマザーがいるとは予想していましたが、子供がいるから遠方から来れないというシングルファザーが数人いたことには驚きました。事情はどうであれ、そういう人達が困っているときは、何らかの助けができればと感じずにはおれません。子連れでも参加できる同窓会というのも後々模索していきたいです。

シングルマザーやシングルファザーは人の目を気にして参加しづらいと思われるんじゃないかという不安はありますが、私のように幼いころから母子家庭で貧乏生活をしてきた身としては案外普通ではないかと思います。むしろそういう人達が困っていることを助ける場にしたい。金持ちになって結婚したら勝ち、独身や未婚や貧乏は負け、みたいな古臭い価値観がみんなから無くなればいいというのは前述の通りです。職業に貴賤はありません。違法であるとか人の人生を滅茶苦茶にしなければ、どれも立派な仕事だと私は思います。私達が目に入るもの耳にするもの、全てが誰かの仕事によって創りだされたものです。多様な仕事があって多様な人がいる。その人達それぞれの体験が聴ける場というのは非常に面白いじゃないですか…って無職の私が言うのが一番説得力ないかも…

上記の内容を総括すると、私は同窓会が信頼できる互助的なコミュニティの一つとして機能すれば良いという理想を持っています。これは私が強制できることではないので、1月3日の同窓会の場所でもこのことには一切触れませんでしたが、色々な会話グループを渡り歩いていると、より良い場所への就職斡旋であるとか、子育ての相談であるとか、そういう参加者同士の助け合いといったものが自然とできていたことは、同窓会を企画運営してきた身としては非常に嬉しいことでした。

そして2015年12月30日へ

1月3日同窓会は好評を持って終えることができました。満足してくれたという感想をみなさんからいただいて、4ヶ月頑張ったかいがあったなと思いました。

何よりこの同窓会では、参加された人以上に同窓会の運営メンバーが一番楽しんだかもしれません。私やKIYOも、この先も生きていく目的が一つできました。

次回の同窓会は、同じ2015年の12月30日に開催予定です。これはC組の毎年恒例同窓会にぶつけてしまえという私とKIYOの手抜きでもあります。そのために運営メンバーは新たな活動に入ります。私も4ヶ月やってきて、人探しが楽しくなってきました。今後も同窓会というものを様々な側面から楽しむつもりです。

同窓生の方々、これからもよろしくお願いします。ここまでの長文をよんでくださった方、ありがとうございます。

2015年1月3日に中学時代の学年全体同窓会を開催した話と、同窓会に込めた想い」への4件のフィードバック

  1. 清水朋子

    てっちゃん
    色々な気持ちを込めて開催してくれて、ありがとう(*^^*)
    三次会からだったけど、気持ちの良い同窓会だったね!心がホッコリしたよ♪
    きっと「ありがとう」「ごめんなさい」も素直に言えるようになった30代だからこそ!なんだね(*^^*)
    人探し!私も頑張ります(*^^*)

    返信
    1. xtetsuji 投稿作成者

      > 清水朋子さん
      今回はご協力ありがとうございました。おかげで運営から楽しい同窓会ができました。
      特にA組は同窓会をしていなかったので、なおさらですね。
      今後も楽しんで作業していきたいです。よろしくお願いします!

      返信
  2. tetsuya

    興味深く拝見させていただきました。
    読んでいるだけで自分もワクワクしてくるようでした。

    私も下音中の卒業生でして、今まさに幹事として同窓会を企画しているところです。

    自分で気づけなかったことや、不安だったことに対して非常に丁寧なアドバイスを頂いた気分です。

    とても良い記事でした。
    本当にありがとうございます

    返信
    1. xtetsuji 投稿作成者

      >tetsuya さん

      感想ありがとうございます。主に身内にあてて書いた記事ではあったのですが、
      それ以外の方の参考になるなんて嬉しいです。しかも下音中の卒業生とは!

      一度同窓会を開催すると下地ができるので、二回目の負担はそれほどでも
      なさそうです。最初の一回が大変だと思いますが、成功するといいですね。
      我々運営メンバーも年末の第二回同窓会に向けてそろそろ活動をし始めようかなと
      いったところです。第一回の後の出来事、そして第二回の前後についても
      またブログを書きたいなと思っています。

      返信

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